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新約聖書/マタイの福音書
- 2018年4月22日
■人の子は安息日の主です/マタイ12:1~14
ユダヤ教が位置づける「安息日」とは、「汝、働くべからず」であった。 創世記の冒頭で語られる記事には、神が第一日から第六日に掛けての六日間で、すべてのわざを終えられ、第七日目は休まれたとある。 (但し、ここでいう一日を24時間と考えないように。あくまで聖書が考える一日である。...
新約聖書/マタイの福音書
- 2018年3月11日
■対象外/マタイ15:21~28
或る日、イエスは地中海沿いを上ってツロとシドン(現在のレバノン)という海岸沿いの道を歩いておられた。 するとカナン人の女性がイエスを目ざとく見つけ、大声でイエスに叫んだものだ。 「主よ~、ダビデの子よ~、私を憐れんでください。娘がひどい悪霊に取りつかれているのです。」...
新約聖書 マタイ福音書
- 2018年2月11日
■我に躓かぬ者、幸いなり/マタイ11:2~13
バプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)は神の導きの下、非常に年老いた両親から生まれた預言者である。 生まれる前から、彼の人生は預言者と決まっていた。 決めたのは創造主である神。 ヨハネの役目、それはキリストを信じて生きる民を前もって清め整えることだった。...
新約聖書/マタイの福音書
- 2017年10月1日
■わたしを知る者が父を知る/マタイ4:17~21
イエスの宣教第一声、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」 悔い改めるとは、「立ち返ること」である。 立ち返るとは「帰る、戻る」である。 どこへ戻るのか? どこへ帰るのか? ルカ15章の放蕩息子は「父の家」であり「神の下」だった。...
新約聖書 マタイ福音書
- 2017年8月6日
■見えざる方を見て生きる/マタイ6:25~33
「空の鳥を見よ、野の花を見よ。」とイエスは言われた。 仮に目に入る自然界の一部を見たとしても、そこに見えない神を見ないとしたら、あなたはいったい何を見たのか、とイエスは仰りたかったのだと思う。 そうすれば鳥も花も、造ってくださった神がおられ、守っておられる創造主がおられるの...