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マタイ12:1~14
- 2016年7月17日
■ 人の子は安息日の主です/マタイ12:1~14
1978年7月、私がクリスチャンになって4か月目の頃、一冊の本に興味をもった。 「沈黙」、遠藤周作先生の著である。 徳川時代、キリシタン迫害と追放の時代に日本布教を目的として海を渡ってきた宣教師の話である。 命を賭して航海の旅を経て、文化も風土も異なる極東の島国へ渡る...
マタイ11:15~30
- 2016年7月10日
■ イエスがいなければ/マタイ11:15~30
「イエスがいなければ何もできない」と歌い、「イエスがいなければ生きるすべなし」と歌う。 まことにそのとおりである。 まったく疑う余地なし。 キリスト馬鹿にならせていただいて間違いなかった。 だが成りきったわけではない。 ...
マタイ20:1~16
- 2016年4月17日
■ ここも神の国
「ここも神の御国なれば」とい讃美歌がある。 讃美歌というものは、メロディ以上に歌詞の内容が大切である。 メロディは歌詞の内容に添って、書かれるものだと思う。 悲しい歌詞、試練の只中に置かれた人生の詩、希望に向かう歌詞、感謝に満ち溢れる心、歌詞次第でメロディは変わる。 ...
マタイ27:22~50
- 2016年3月20日
■ 私が神にしたこと
あなたは信じるだろうか? 聖書は現実の出来事を語っていることを。 あなたは信じているだろうか? 聖書は生けるまことの唯一の神のことばであることを。 あなたは本当に信じているだろうか? イエスは神であることを。 ...
マタイ11:1~10
- 2016年3月6日
■ キリストの檄
祈りはどうしても自分中心になり易い。 当然ではあるが、事をなして下さるのは主であるから、主である神を中心にした祈りが大切である。 事をなされる方法も仕方も、主にお任せすべきである。 それが「神中心」の祈りであり、私たちの心である。 ...