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■主題「ビフォアー・アフター」からの要点 / ヨハネの福音書8:29~47

皆さん、この主題は家のリフォームとか整形のことを指すのではありません。
私たち人間の魂と心を考えて見ました。
イエスさまを受け入れる前、すなわち新生する前の自分をビフォアー、そしてクリスチャンとなった今をアフターと呼んで見ました。
 

しかしアフターであっても、私たちの弱さは存続します。
勿論、以前に比べたら格段の向上はあるのです。以前考えてもみなかった対人関係、家族との関係、そして神さまに赦されている今の自分との出会い。
赦すことの難しさを知り、人間の限界に出会い、そして十字架のイエスさまに出会うのです。
 

ローマ書でパウロが嘆いたように「私はしようと思う善が出来ず、したくない悪を行なってしまう」私たちなのです。
内側にキリストの光が輝けば輝くほど、自分の醜さ、汚さが見えてしまう。でも、見えるからこそ感謝なのです。
ビフォアーには見えなかったのにアフターとなった今は見える。ここで十字架の意味を知るのです。
 

クリスチャンは善人ではありません。聖人でもありません。ただ、十字架の赦しを体験した罪びとなのです。
そして、今日も生きているのではなく、生かされていることを知らされたものなのです。
 

 

 

 

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