■「私はキリストのもの」 / ヨハネの福音書17:1~11

今日の箇所で、主イエスは幾度も仰っておられます。「彼ら(それは弟子達であり、今は私たちイエスを受け入れたものが該当してきます)は天の父よ、あなたのものです。そしてあなたのものはわたしのものです」。 嬉しいですね。今日も神の赦しと寛容なくしては、とても赦される筈もない私をここまで受け入れてくださる天の父、そしてキリスト・イエスなのです。幼子のようになって、感謝しようではありませんか。

イエスさまの弟子達は確かにみことばに聞き従い、伝道と癒しの旅へは何も持たずに出かけ、大きな収穫を得ました。三年間、彼らはイエスさまと寝食を共にしました。 ヨハネ第一の手紙で筆者はこう書きました。「初めからあったもの。私たちが聞いたもの。目で見たもの。じっと見、また手でさわったもの。すなわち、いのちのことば・・・」。 羨ましいですね。救い主をそこまで近くに知ることが出来たことは。しかし、イエスさまが捕らえられ、十字架につけられ、葬られ、そしてよみがえられた日も、彼らは身を隠していたのです。それでも、イエスは彼らをこよなく愛されました。これが神の愛です。

日々の生活、あなたの最重要の関心事は何でしょうか。 生きている中で、あなたの宝はなんでしょう。 喜びの原因はどこでしょう。喜べない理由は何でしょう。 色々な見方をしながら、自分に向かい会って行く時、「イエスにどれほどの価値を認める」私たちなのでしょうか?

イエスは私たちに対し「愛に対するお返し」を求めておられるのではありません。私たちに愛される理由があるから、愛されたのではありません。ひたすら、私達人間を主は愛して下さっているのです。私達に神の愛が理解出来ないとしたら、自分の罪がわからないから、とも言えます。そしてもう一つは、神が信じられないからでしょう。

イエスを心から信頼し、彼を受け入れ、彼と生きるとき、神の愛が迫り、そして自分の弱さがわかります。「彼らはわたしのもの」と今日も言って下さる方に人生の最高の価値を認めましょう.。そうです。「イエスは私のもの、私はイエスのもの」なのです。この祝福をあなたの上に祈ります。

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