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■「主は生きておられる」 / テトスへの手紙1:15~2:15

神の憐れみ

私の知り合いに零細企業の社長さんがおりました。彼の葬儀に2千人近い人が参列しました。芸能人でも政治家でもありません。彼の徳とも言える葬儀でした。人を愛し、人に愛された人生そのものでした。神の憐れみがたくさんあった人生ですが、彼に欠けたものがありました。それは救い主と生きる人生です。生きておられるイエスさまとの人生です。
 

 私は「パッション」という映画を二回見ました。二回目は初回と違って、心に突き刺さるものがありました。それは「このナザレのイエスをお前たちはどうする積りか!」と叫ぶピラトの声に対し、群集が叫び返した言葉「十字架だ!十字架につけろ!」の声が、私の声であったからです。今まではそういう思いを強くもったことはありませんでしたが、今は私の声、そのものでした。あれは積みの叫びでした。それなのに、私の代わりに十字架を背負いイエスさまは死んでくださいました。神の憐れみはここにあります。人生いろいろです。CSルイスという先生は言っております。「人生には二つある。一つは神にゆだねる人生。もう一つは自分の思うままに生きる人生。」あなたはどちらですか?
 

 良い模範
 聖書は私たちに向かって、他者の模範となるような生き方をしなさい、と教えます。それは端的に言うなら、人に迷惑をかけないというものでしょうか?いいえ、それは勿論立派ですが、更に深いものを神は求めておられます。それは、キリスト・イエスを待ち望む生き方です。
 神を待ち望むとは、今日、神の前に生きる生き方です。消極的ではなく、積極的、前向きでなければ、その生き方は出来ません。人の目を気にしながらでは、模範的な生き方は出来ません。神の目を気にすると、模範的な生き方が出来ます。神は人間の心の中も見通しておられます。もし、そういう立場で生きるなら、人の目を気にすることなど取るに足りないものです。神の前を生きる、ことこそ、私たちが求めるべき人生です。つまり、聖書が求める人生には「失敗」がないのです。困難はあっても人生として成功なのです。財産、人徳、健康、どれも天国にはもって行けません。でも、イエスと生きる人生はあなた自身を天国に導きます。人の模範を目指す人生よりも、神の前を生きる人生でありますように。
 

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