■「ニコデモ」 / ヨハネの福音書3:1~15

ニコデモ、彼はユダヤ人の指導者でした。当時、宗教的指導者であることは、社会においても名を馳せた人であり、人々からは尊敬された立場です。そして彼はパリサイ人であり、イエスに対しては敵対しているグループです。しかし、ニコデモはイエスに対し、大変興味を持ちました。イエスの二倍の年齢でもあろう彼はユダヤ人の目から逃れるように、夜こっそりとイエスのところにやって来たのです。ユダヤ人指導者がイエスに対し、偏見の目をもたず、真っ直ぐにとらえていく視線を持っていたことは、当時としては珍しいことですが、ニコデモはイエスにこう尋ねました。「先生、神が共におられるのでなかったら、あなたがなさるこのようなしるしは、誰も行なうことができません。」

ここで私はもう一つの言葉を想像しました。そのほうが流れとしてスムーズだからです。 イエスは言った。『ニコデモよ、よく見たものだ。だが、あなたが見ているものは、しるしだけではなく、神の国が既に地上に来ているということだ。』 するとニコデモは聞いた。『エッ!先生、神の国が既に来ているのですか?でも、私にはとてもそこまでは見えません!』ニコデモは自分の目と耳を疑わざるを得ませんでした。

さて、聖書に戻ります。イエスは言いました。「ニコデモよ、あなたに言うが、人は新しく生まれ変わらねば、神の国を見ることは出来ない」 このユダヤ人指導者は幼子のような質問をしました。「先生、生まれ変わるって?もう一度母の胎からですか?私はもう老人なのですから、もう一度は母の体内に戻れません・・・」

聖書は言います。「イエスを信じた者は、血によるのでもなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」(ヨハネの福音書1:13) 人は二回生まれます。自分の知らない間に、両親と言う血とDNAの中で育まれて。しかし、二回目は両親でもなく、誰かの強制でもなく、ただ神によって生まれるのです。しかし、その際にあなた自身の選択が誕生を決めます。イエスを信じるか、信じないかです。それを決定するために、私たちに人生と言う時間がある、と考えても間違いではないのです。この人生は、誠であり真実である神、唯一の神、つまりアーメンなる神に私たちが出会うための時間なのです。私たちはこの方とは比べることも出来ないものと引き換えた人生を送っているのです。確かにそれはこの世にあっては魅力的なものです。エデンの園で神が警告された、あの実です。それは「食べるによく、目に慕わしく、賢くするように見える実」です。神の国は既に来ています。イエスの十字架、よみがえり、そして2000 年の中で、世界中にキリストの教会が建てられ、聖書は行き渡りました。但し、神の完全支配はこれからです。あなたの人生が終わる時、あなたは永遠の神の国に入れますか?それとも永遠の滅びですか?生まれ変わるとは、将来のそこまでも決定づけるのです。あなたの人生がキリストの実のがなるものなのか、若しくはエデンの園の実を口にしただけの人生なのか、あなたの選択に委ねられています。聖書にすべての答えがあるのです。

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