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■ あなたもイエスに躓く / マルコの福音書6:1~6 (2005-05-15)

日本語、特に漢字を一番初めに当てはめた人のことを、時々考えては「なるほどなあ」と一人感心してしまう。勿論、私の自分流の解釈によるものだが・・例えば「躓く」と言う文字。足を書いて質と言う字を並べている。足が取られて動けない、つまりとらわれ状態の心、思い、行動、であろうか。私は自分の40年前を思い出した。当時は身近な庶民の金融機関は「質屋」であった。自分の腕時計は7千円くらいであったろうか。しかし、調子が悪い。自動巻きであるが、十分くらい動いて止まってしまう。そこで、知恵を働かせた。質屋に入る寸前、時計を振った。秒針は動いている。暖簾をくぐる。鑑定してもらうと、二千円ほど貸してくれた。ほくそ笑んだ。だが、以降時々だが妙な針がチクチクと心を刺す。以後40年間その針は健在だ。あの質屋は遠い昔になくなっていた。今となってはどう仕様もない。
 

イエスはナザレの村で育った。小さな村である。皆がイエスを知り、イエスも村人を知っていた。そんなイエスが会堂で話を始めたとき、村人は驚いた。「マリヤの倅、どこでこんな知恵や不思議な力を得たんだろう。俺達はイエスの弟や妹たちをようく知っている。」彼らはメシアが目の前にいるのに、見えるのは村の住民としてのイエスだけだった。聖書は言う。「こうして彼らはイエスに躓いた・・・」そう、彼らの思いや想像は、そこで止まってしまったのである。
 

あなたもイエスに躓く。そして私もイエスに躓く。クリスチャンは幾度もイエスに躓く。だが、心の中では決してそうは思っていない。過ぎ行く時間に任せ気分の変わるのを待ったり、居場所(教会)を変えたりする。その時点ではイエスが見えているようで、実際は見えていない。躓いた原因、対象が自分以外と思っているからである。牧師、役員、信徒、教会、何れかが当てはまるのではないだろうか。だが、心の深いところで、何かが訴えて来る。聖霊が囁いている。「・・・主に帰りなさい・・キリストに帰りなさい・・」と。
 

この日本もイエスに躓いた。歴史の中で、福音は一時期だけ根を張ったように思えたが、どの時代の為政者達もイエスに躓いた。イエスを拒んだ。八百万の神々と日本仏教、更には都合の良いことに、一つの家族を国王ではなく、天皇家とし、代々を天皇と崇めさせ、国民の心を縛り付けることに成功した。戦後、天皇は人間である、と宣言したが、殆どの日本人はこの家族を畏れ敬う。涙を流して歓喜する。神道は人心を掌握した。実態も教義も中身もないのに、見事に人々の心に染み込んだ。儀式と象徴だけがその家族の支えであるのに。
 

 戦後間もなく、矢内原忠雄教授(現在の東京大学)が書かれた本は、当時の青年達の大きな関心を呼んだ。先生は言った。「日本はアメリカに負けたのではない。日本は神によって滅んだ。この日本を癒すものは、神以外にない。日本の復興はこの国がキリストに帰ることだ。」
 日本は見事に戦後の復興を果たしたかに見えた。しかし、物が豊かで、便利になった日本人の心は依然として復興していない。復興どころか以前より悪くなった。日本人の心にキリストがいない、からだ。この国は間違いなく、滅びに突き進んでいる。60年前、大学の教授籍を失っても本筋を曲げなかった先生の指摘は間違っていなかったのだ。
 

躓いても躓いてもイエスは起こしてくれる。そうやって私達は成長してゆく。
 

 

 

 

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