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■ クリスマスその3・最後の預言者 / マタイ3:1~15

二千年前、ヨルダン川に異様な風体の男が一人現れた。髪はぼうぼうと伸び放題。ラクダの毛の衣をまとい、腰には帯を締めた様は、さしずめ野人そのものであった。食べ物がまた変っている。蝗(イナゴ)と野蜜であった。こんな男の言うことに誰が注意を払うだろうかと思うが、ところがどっこい驚くばかりの群集が集まって来て、彼からバプテスマ(洗礼)を受けている。イスラエルの全地域から男も女もやって来た。彼の名はヨハネ。人呼んで、バプテスマのヨハネと言う。なぜ、群集が野超え山超えしてやってくるのか。それはヨハネの叫ぶ言葉によるものであった。
 

 

ヨハネは言った。「天の御国が近づいた。だから、悔い改めなさい」
 天の御国とは神の国であり、それは神が全面支配なさる国であるから、今の世の中とは
180度異なるし、想像もつかない。そこには一点の罪さえ存在しない。照明は電球などではなく、神の栄光である、と聖書は語る。
 2千年前にヨハネが叫んだ神の国の接近は、今どうなったのか。昔のお話で終わったのか。
そうではない。彼が叫んだように、確実にやって来ている。どのように?
イエス・キリストによってである。イエスが地上にお生まれになったとき、確実に天の国は降りて来た。人間の罪を背負って十字架にかかるためにイエスは来られた。これがクリスマスである。サンタではない。スノーマンでもない。イエスの誕生を待ち望み、祝うことがクリスマスである。欧米では日本の正月の様に、風土の中に溶け込み、家族愛を覚える象徴の様に思われているが、本当のクリスマスはキリストに心を向ける時なのである。
 

ヨハネはメシヤ(救い主)の到来される道を真っ直ぐにし、準備のために遣わされた人であった。旧約の昔からヨハネの登場は語られている。「主の道を用意し、主の通られる道を真っ直ぐにせよ。」ヨハネの仕事はイエスが来られる道を準備することであった。
 

キリスト(救い主)が来られることは聖書の初めに書いてある。そして気の遠くなるような時間の中で預言者は語り継いで来た。そして、ヨハネの前に立たれたナザレの村のイエスはメシヤへの第一歩を踏み出そうとされていた。それは同時に、十字架への道を踏み出されたということであった。ナザレのイエスから、人類の救い主としてである。
 

 

 

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