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■ 心の一新によって / ローマ人への手紙12:1~2 (2007-10-21)

人は生まれ変ることが出来るだろうか?
 出来る、と私は思う。生まれもった性格、人間性を変えることは本当に難しいし、本質的には変らない部分がある。しかし、本人が変わりたいと願うならば変われると思う。しかし、そこに神の助けが不可欠である。
 

パウロと言う人は生まれ変わったか?そうイエスに出会って生まれ変った。
だが、それは生きる方向が変わることにより、彼の内面の多くがその方向に伴って追従して行った。つまり、イエスに出会い、すべてが変わったのだが、彼本来の性格などは変らなかったと思う。その変らない部分が彼の個性でもあった。
 

しかし、パウロはキリストのしもべとなった。なったというより、しもべとして、選ばれた。彼とて、幾度挫折しそうになったことか。だが彼は行き詰まれば行き詰まるほどに、キリストに近づいたし、神は彼に現れてくださった。ここに真理が含まれている。自分の努力や願いなら、辞めることが出来るが、神に選ばれたのでは、辞めるに辞められない。
 

この世の別な仕事を持ちながら、五年間の神学校生活、そして14年になろうとする牧師職を振り返って、つくづくそれを思う。幾度もこの道を辞したいと思ったが、いつも崖っぷちに立たされつつ、踏み切れなかった。それは、主に呼ばれ、主によって立てられたという召しがあるからだ。そして、牧師と言う職が、どんなに祝福されたものであるかを知ったからである。たとい、この世があなたを捨てようと、神はあなたを見捨てない。
 

パウロは心の一新によって、自分を変えなさい、と熱く語っている。
なぜなら、私達は既に神さまの子供とされた。そしてこの体を神に受け入れられる、生きた供え物とすることこそ、霊的な礼拝だからである。
 心を入れ替える、生まれ変る、一新によって。出来そうもないが、キリストの全面的な助けと支配に任せれば出来るのである。そこに神に向かう思いがあり、姿勢があり、行動として起こすなら、神はいつだってあなたを迎えてくださる。
 

ここでの第一は決心である。第二に、そのことを具体的に祈ることである。そして三番目、決心した方向に足を踏み出す(態度、行動として)ことである。後は、神さまが助けてくださる。主におまかせすることに徹したらよい。
 

 最近出合った本に一人の少年のことが書いてあった。
 以前、ミシガン州ジャクソンにある聖ヨハネ孤児院で育てられていた両親も親族もいない兄弟がいた。兄は中学生になったとき、里親に貰われて言った。弟のティミーもやがて中学生になったとき、里親に貰われて行った。
しかし、彼は問題児になった。何が気に入らなかったかは分からないが、学校で問題を起こし、退学になった。彼が校門を後にしたとき、孤児院でシスターが言った言葉が心を刺した。
 

 「どんなことが起こっても、父なる神さまはあなたを見捨てません。だから、希望を持って努力して生きなさい。」
 彼は勇気を出して、ピザ店に就職した。日夜、ピザを作りながら、この仕事で身を立てようと決心した。やがて彼は独自の境地を開いた。何と、11秒でピザの皮を練り上げることであった。しばらくして、彼は自分の店を持った。そして、希望を実現させるために生きた。
ついに彼は夢を実現するところに辿りついた。やがてピザ店「ドミノ・ピザ」であり、遂にはチェーン店となった。ティミー、彼はすなわちトーマス・モナハン氏である。アメリカで、世界で多くの人から愛される味である。
 

 現状が如何であれ、今までが如何様であれ、人は「心の一新」によって、神の助けと約束の言葉で自分と人生を作り直せる。
そこで必要なことは、決心あり、変らない心である。そしてキリストを信じ続ける信仰である。だから、兄弟姉妹、主に賭けてみよ。主は生きてあなたを助けてくださるから。
 

 

 

 

 

 

 

 

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