■ Obey the LORD (主に従いなさい) / ローマ人への手紙12:3~21 (2007-11-04)

韓国オンヌリ教会のハ・ヨンジョ牧師が書いておられた。 信仰の最高峰は何か? 忍耐?寛容?赦し?どれも素晴らしい! しかし、それらは最高峰ではない。 最高峰は「従順」であると。

人間が嫌うもの。それは従順である。 従うこと、へりくだること。人は本能的に苦手であり、嫌う。 大昔、神さまに背を向け、離れたときから、人はそうなった。 まあ、中には生まれつき素直な人もいる。しかし、そういう人が神に従順かと言うと、そうでもない。 問題は、天と地を造られた主に向かって、従順であるか?だと思う。 イエス様はまことにそういう方であった。たとい、呑めない盃でも、天の父が求められることには、飲めない盃さえも呑んでくださった。

最近見たアメリカ映画にこんな場面があった。 2人の男性の会話・・・・ A「そう言えば、あの娘はどうしているかな? ほら、夏になるとスッポンポンで川で泳いでいたあの娘さ」 B「ああ、あの娘? 彼女はね、born againしたよ。」 ボーン・アゲイン?字幕では「クリスチャンになったのさ」と書いた。 単に「生まれ変ったのさ」と訳しても、日本人には分からない。 そして、クリスチャンであっても「生まれ変わっていない」人も多い。 確かに悪いことはしないであうが、「生まれ変っていない」のである。 つまり、従順ではないなどのレベルではなく、なろうと思わないのである。 特に悪いことをしなければ良い、くらいの次元である。 でも、これが実際の私であり、殆どの人の性根かも知れない。

どうしたら従順になれるのだろう? それは主によってである。ならば、主に頼むことである。 そういう願いと決心を主に祈り求めることである。 そして、それを願い続ける。そして毎朝、祈りと聖書によって神との絆を継続することである。実にシンプルである。だが、これが出来ない!残念であるが、現代人は忙しいのである。朝の15分が捧げられないからだ。 主はその時間、その場所で待っておられるのに・・・

イエスさまが一番大切にしていた日課がある。 それは、神に祈る交わりの時間である。彼は一人淋しい場所において、神に祈っておられた。だから、私たちもそうすべきである。だが、人は時間を惜しむ。朝は眠い。朝は忙しい。面倒だ・・・でも、困ったときには、神さまに頼む。ああ、従順にならねば・・・

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