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■ どうか二番を一番に / マタイ16:24~26 (2008-11-16)

November 16, 2008

あなたの中で、誰が一番の価値を持っているだろうか?
あなたの神(キリスト)はあなたの中で最も高い位置におられるだろうか?
 

 質問が単純過ぎるであろうか?
 愚問であろうか?
そういった観点で考えるものではない、と言われるだろうか?
 

ならば視点を変えて問う。あなたの神は何?
 

 

 「二番を一番に」これが今週のテーマである。
つまり、キリストは人々の心と生活の中で、いつも二番か三番ではないだろうか?と思い、このようなテーマを考えた次第である。
 熱心なクリスチャンは、案外イエスが二番か三番であったりする。
つまり、熱心さと一生懸命が一番になっていることが多々あるからだ。
だから、熱心よりは謙虚とか謙遜がいい。だが、これは私など一番縁遠いものに思える。
Humble(ハンブル)、つまり自己卑下でなく、生まれつきの消極性でなく、主を主とする、神を神とする故の謙虚、が良い。
 謙虚になるのではなく、キリストによって「ならされた」が、良い。
 

キリストに出会って、どうしようもない己が罪を知り、十字架に拠らなければ、如何ともし難い泥沼の様な自分の内側を知った者だけが、謙虚にならされる、なる、のだと思う。
 

 主イエスは言われた。「わたしの弟子になりたいと思うなら、自分を捨て・・」
そう、彼の弟子になりたい。自分を捨てたい。
そして、どうなるのだろう。
 

 軽く想像してみた。
 1、単純に言うと、今までの価値観で二番だったのが、突然一番になる!
 2、更に別の表現では、「今までの人生がひっくり返る」とも言える。
 3、更には、「ああなればいいのに」「こうなればいいのに」と思っていたことが、

  「どうでもよくなる」・・・こりゃ、大変なことだ。
 4、ラスト、『最悪!』と思ったことが、「案外そうでもない」と、なる。
   いわゆる、人生観が真っ逆さまになるのだと思う。
   しかし、人はそうなることが怖いのだ。私も同様である。
 

 

だが、ひっくり返るほどに変えられなければ、イエスさまの弟子たる素晴らしさは分からないのでは、と思う。いつも中途半端な生き方だから、弟子の道が重くて辛い。
しかし、「人の子には枕する場所もない」と言われた方の人生が、どんなに素晴らしいものかは、同じ枕を使ってこそ、分かるというものだ。
すべてを失って分かるキリストの弟子への道か・・・
 う~ん、素晴らしいことだと感じる。でも、怖い・・・と言うべきか。ウウ、アーメン
 

 

 

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