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■ 彼はよみがえられた! / マルコの福音書16:1~14 (2009-04-12)

イエスのよみがえり、言葉に表現しきれないものをもたらしてくださった。
 人類の歴史に偉大で膨大な変革をもたらした。
 毎年、毎年、そのことを思う。
もし、イエスさまがよみがえらなかったなら?世界はまったく違っていたのだ。どう違うかと言っても、想像もできない
 つまり、イースターは人類と歴史と世界を変えた。

 

 今年のイースターで考えさせられたこと、それは「解放」である。
イエスのよみがえりは人類に解放をもたらした。
 宿命からの解放。永遠の滅びからの解放。束縛からの解放。
 

ある人の場合、他の人以上の重荷を背負う人生もある。
その人が何をした訳でもないのに・・。
 背負った荷が彼を解放しないかのように。
 生涯、背中にくくりつけられたかの様な荷を感じる。
 思わず、宿命というものを考えてしまう。
だが、イエスのよみがえりは彼を解放する。人間であるが故に、逃れられないと決めてしまいがちであるが、罪と死を打ち破られたイエスと生きるなら、彼にとって呪縛の鎖なものでも、ものの見事に砕け散る。
 覚えよう、人間に宿命などない。あるのは、そう思い込んでしまう人間の心の弱さである。
 

 永遠の滅び、これこそ、イエスを信じて初めて分った世界だ。
 霊的に開かれなければ、見えない、知らない世界であるが、イエスの死体を収めた墓がポッカリと口を開けたかの如く、私の頑なな心が開かれたとき、理解した世界だ。
 私の内に存在し給う聖霊は、私を永遠の滅びから永遠の命へと移し変えられた。
この不思議で偉大な作業は、人間に出来ることではなく、イエスのよみがえりが果たしたことである。十字架と復活は、すべての人間を罪から解放したが、イエスを信じないものは、やはり解放されない。ここが実にじれったいのであるが、神は人間の自由意志にまかせておられる。
 

 束縛、これはクリスチャンとなった後、時間を掛けて、人生の歩みの中で取り組んでゆくものだと思う。
クリスチャン生活はいつも成長し、拡大し、進化する。その過程においては、様々な困難や試みは付きまとうが、神は私達を助けてくださる。起き上がらせ、立たせ、寄り添い、共に生きてくださるから私達の信仰は進化する。乳幼児が成長し子供から大人へと変わるが如くに。
イエスはかけがえのない恩人であり、友人であり、そしてあなたの私の主である。
 彼だけがあなたの内側を掴んで話さない牢獄の様な束縛から解放してくださる。
 

デイリー・ブレッドと言うデボーション用ガイドブックにこんな記事があった。
 一人の男性は(想像であるが)財産、仕事、家族すべてを失った。
 彼はもはや、なにも持たない人となった。絶望の極みの中で、牧師を尋ねた。
 「先生、私はもう何もありません。すべてを失ったのです。もし、あるとすれば神くらいのものでしょうか・・・」
 牧師は明るく、しかし厳かに諭すように言った。
 「神が残っておられるなら、それこそが一番素晴らしいことです!神を失わないことが最も大切なことです。」
 

 人生を追い詰める幾つかのもの。
 宿命という呪縛。永遠の滅びという絶対性。束縛という牢獄。これが人間の魂を捕らえ続けるサタンの武器である。だが、死は(キリストのよみがえりによって)勝利にのまれた。
 空っぽの墓に向かって我らは叫ぶ。
 「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前の棘はどこにあるのか」
 

 更にローマ書8章は語る。
8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。
8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

 

 

 

 

 

 

 

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