■ 天国のドアが開いた!Hevens door was opened / ヨハネの福音書4:25~42 (2009-06-21)

今日は「父の日」 父は死んでから感謝される傾向が圧倒的である。母に比べれば、父は不遇である。 しかし、このへんでひねくれたりしてはいられない。そこで凹んでいるようでは、まだまだヒヨッコの父だ。 そんなことは「あったりまえ」と思うくらいでないと、前にも進めない。

良いではないですか、死んでからでも恨まれている人も少なくない。 私の実家の隣の家。その昔、サイコロ博打にのめりこみ、裏山から庭先の田畑まで取られた子孫の息子が言った。「命日?それじゃあ、サイコロでもはるかに良い。」

サマリヤ人が何故にユダヤ人に忌み嫌われたのか。 何世紀にも渡って、強力な力と栄華を誇った帝国がイスラエルの北方にあった。アッシリヤ、ペルシャ、バビロン、名前と主体民族は変わっても次から次へと台頭していった。 小国を踏みにじり、占領し、属国とした。更には民を捕囚として自国に連れ帰り、また侵略しては血を交えた。 他民族の血が混じり、最早イスラエル人ではなくサマリヤ人と呼ばれ、彼らは異邦人扱いされた。 礼拝する場所もエルサレム神殿には参れず、彼らはゲリジム山の頂上で先祖が礼拝した創造主を拝んだ。

最近の英字新聞にかなり大き目の写真が掲載された。 昔ながらの長い衣をまとい、帽子をかぶった集団。70名という世界で最も小さい宗教集団であり、独自のコミュニティを持つサマリヤ人たちであった。 彼らは他の国、他の民族との結婚を嫌い、頑なに血の保存を守って来た。 実に2700年間の歴史である。今もゲリジム山の頂で、神を礼拝している。 だが、行き詰まっている問題がある。既に余りにも血が濃すぎることだそうだ。

イエスと向かい合ったサマリヤ人の女性。 5人も亭主を替えたのは、彼女の人生が恵まれなかったのか。 彼女の男性遍歴の果てか?分からない。 いずれにせよ、彼女は他者の目が鬱陶しかったのであろう。 イエスに対しての言葉にも、どことなく突っかかっている雰囲気がある。 だが、イエスが彼女のプライベートにふれられたときから、彼女は自身の信仰とユダヤ人の礼拝に関して言及し、救い主の到来に話が及んだ。 イエスは言われた。 「あなたと離しているこのわたしがそれ(メシヤ=キリスト=救い主)である。」

その瞬間、彼女は変えられた。 彼女は水桶をその場に置いたまま、走って町に帰り、人々に叫んだ。 「私のすべてを言い当て方がいます!この方こそ、メシヤではないでしょうか!」

ここからスカルの町にリバイバル(神に帰る。信仰が復興する等)が起こった。 イエスは町の人々に乞われ、そこに二日間滞在された。 町の人々は女性に言った。 「我々はもう、あなたから聞いて信じたのではない。この目で見、この耳で聞いて、この方がメシヤと知ったのだ!」

福音書のどこを見ても、イエスがこれほど歓迎された記事は見当たらないのが、不思議だ。 今、私達はこの様なリバイバルが起こることを、この日本に願う。 どの教会も同じ思いである。この日本を救って欲しい、と祈っている。 明治時代の中ごろ、「やがてこの日本はキリスト教の国となるだろう」と言われた。

私は数年前からリバイバル集会の案内に「日の丸」をイメージして作成を頼んだ。 確かに問題ある国旗だ。取り返しのつかない問題と言い分が交錯する象徴の様な日の丸だ。事実を認めず謝罪しなかった過去の故、この旗は今でも恨まれ、国民の一部に国旗として認められない。だが、今後もこの旗を別の旗に変えることはないと思う。それは旗が問題なのではなく、旗の下で何をし、何かをしなかった人間の故だからであろう。 旗はあくまでシンボルである。旗に罪があるのではなく、時代の中で犯した過ちが問題なのである。 国旗と国歌は永久的に変わらないと思う。変えようとすれば、この国の歴史と誇りが否定され、葬り去ることになるからだ。 誰もが触れたくない問題。仮に議論しようと前に進まない問題。

明治時代、内村鑑三先生は二つのJにこだわった。 『JESUS for JAPAN・JAPAN for JESUS』 大陸と世界に恥辱を与える以前の日本であった時代だから言えたのか。 否、今だからこそ言いたい。二つのJが切っても切れない関係となることを。

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