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■ リバイバルがやって来た / ヨハネの福音書4章35節 (2009-06-28)

2009年教会リバイバル集会が来た。
 願いは幾つもある。教会員家族の救い、地域の人たちの救い、教会の人たちやクリスチャン達を核として考えた場合、取り巻く人間関係すべて。そして、この日本の救いである。どうしたらクリスチャン人口を1%以上に・・・否、10%に出来るだろう。
だが、私達に出来よう筈がない。
 神さまがしてくださらねば。だから、そのために祈り、働くのだが・・
教会スケジュールでは毎年一回の集会である。そこでついつい頭をひねってしまうのが、
 講師つまりメッセンジャーの確保である。
 

 

 講師にも色々な方々がおられる。個性もそれぞれである。
だが、神さまの送ってくださる器であるから、人間的な印象や色眼鏡では見ないことにした。と、思いつつも結果論としてはやはり感じるところは様々である。
 「ちょっと地味だったかな」とか「猛烈すぎたかな」など実に多様であって、二人として同じ印象を残された方がいない。どの方も皆、神さまが用意された器なのである。
 

 集まる会衆も様々である。家族であるクリスチャンの誰かに誘われたとか、案内を見て面白そう、興味を感じたからなど様々であるが、来られた方々には本当に感謝である。
 私はふと32年前の自分を思い出した。
 家内は既に4ヶ月ほどのクリスチャンとなっていた。
 牧師の言葉もあり、「何が何でも家族を誘って来なさい。ましてや伴侶なら尚更である」とでも言われたのであろう。
 実にしつこく誘われたことを思い出す。
しかし、自分から足を運んだのでもなく、嫌々を通り越した状態であったのだから、心など開ける筈がない。まことにチンプンカンプ、腹立たしい夜であった。
メッセンジャーには気の毒であったと、最近思う。
 

 教会に救いを求めて来る人は少ない。
 何かを期待したり、好奇心を持っている人もそこそこはいるだろう。しかし、救われたいと思う人は私の見るところ、先ずいない。当然である。
 救いは救われて分かるものであり、その必要も救われて後に理解出来るからである。
 天国が理解できることも同様である。聖霊がすべて理解させてくださるのだから、イエスさまを心にお迎えしないでは、すべて理解できないことだらけだ。
 

 

イエスさまは民に向かって会衆に向かって、根気良く丁寧に、そして分かりやすく福音を語られた。元々理解しにくい天国のことを、どう話したら民は理解できるだろう、と。
イエスさまは今も昔と同じ思い、同じ心で働いておられる。
 教会を通して、信徒一人一人を通して、メッセンジャーを通して働いておられる。
そして、主は今日も忍耐と寛容の限りを尽くして、救われていない人たちの傍らに立ってくださる。
 無神論者、心が開けない人たちの心のドアの前に立って叩いておられる。
だから、見えるところで判断せず、感じるところで判断せず、霊なる神の目線に従って祈って行かねばと思う。
 「さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」ヨハネの福音書4:35B
 

 

 

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