■ 神の領土に生きよ / 創世記13:8~18 (2009-07-05)

気の遠くなるような昔、アブラムは妻のサラ、そして甥のロトや使用人、ロバ、羊を伴ってカナン、現在のイスラエル、パレスティナ地方へ旅をした。それぞれに財産も蓄えており、使用人同士の喧嘩も予想されたため、ある日アブラムはロトに提案した。 「私達は親戚同士でもあり、仲たがいになることは相応しくない。どうかね、ロト。 あなたが右へ行けば私は左に行く。少し距離を置いて暮らすことは悪いことではないと思うが・・・。」

ロトは承知し、目を上げて見た。 低地と見られる地方は主の園のように、又エジプトの地のように潤っていた。ロトはいそいそと旅立ち、滅亡以前のソドムの町の傍に住んだ。

ロトと別れて後、神はアブラムに仰せられた。 「さあ、目をあげて見なさい。北から南、西から東を見るが良い。わたしはこの地をあなたとあなたの子孫に与えよう。その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたにこの地を与えるのだから。」 荒涼として渇いた砂漠の様でもあったろう。ロトが目ざとく目にとめた地とは大違いであったろう。だが、アブラムは気に入った。なぜなら、主はその地をアブラムに与えると言われたからである。

一つ目、地球上にある土地はどこであっても、もともとは神さまの造られた土地である。 坪単価、数千万と言われる銀座の土地だって、元は神のものである。人間が勝手に名義にしているだけである。 今から4年前、教会の隣地が売りに出された。一区画30坪で5千万。凄い値である。 だが隣接地であるから絶対に欲しかった。そこで四苦八苦してお金をかき集め、一区画を買った。これで礼拝堂が広がる、と踏んだが簡単に挫折した。耐震偽装問題が発覚し、世の中が大騒ぎしていた時代、法律の目も厳しくなり、増改築工事は頓挫した。 何のための5千万だったのか・・・ 先が見えない。そこですべてをリセットし、主に伺うことにした。 毎週の礼拝で祈った。

二ヵ月後、取得した土地に隣接した区画が売れ残っている。売れ残りは二つあったが、その内の一つである。だが、ここから更に資金が得られるだろうか。 無理!絶対に無理だ。これ以上は「乾いた雑巾を絞る」が如く、一滴の金も集まらない。だが何か道がないだろうか。あった!借金だ。更なる借金さえ出来れば。 そこで頭を低くして教会員に広く浅く、債権を募った。 皆、直前において既に教会債を出費し、献金してくれたばかりであったが。 その一方で私は週に二度三度、他人名義の土地を踏みながら、行き巡った。 30坪だからグルグル回るだけだった。 そして天を見上げて呼ばわった。 「主よ、この土地はあなたの物です。あなたなら教会に下さることがお出来になります。私はアブラムの様にあなたを信じて、この足が踏む土地をいただきたいのです。」 そして、三ヵ月後、神はその土地を私達の教会にくださった、のである。 決定的になったその日、私は家内と一緒に泣いて神に感謝したものであった。

二つ目、私達の住む世界はいつもソドムに隣接している。 そこは潤っている。何でも手に入る。快楽も思いのままだ。だが、そこは誘惑と罪が混在し交錯する街であり、神が祝福されない街である。ロトは高潔な人であり、ソドムの住民とは一線を画して生きたが、やはり彼に相応しくない街だった。 アブラムはソドムから離れて生きた。貧しい土地に思えても神の祝福がある。猛獣がいるにせよ、決して心までは汚されない。灯りに乏しい反面、夜の星空はダイヤモンドを散りばめた天井に思えたであろう。神はここにおられる、とアブラムは確信できた。

20世紀中ごろ、短い人生を閉じた一人の飛行士であり作家のサンテグジュペリ氏。 「星の王子様」という童話の作者であるが、童話の中でキツネが喋った言葉にこうある。 「肝心なことは見えないものだよ。」

ウン、そのとおりだ。 見える世界でしか生きられない人間が魂を失いもし、他の色で染められたりもする。 見える快楽は魂さえ奪い取る。 神は見えない。一番肝心なものは、この目には見えない。 見えないから永遠に思いは尽きない。 アブラムは見えない神を見るが如く生きた。そして神の約束を勝ち取った。これが信仰だ!

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