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■ 預言者 / 第二ペテロ1:17~21 (2010-08-08)

ペテロ第二の手紙、一章19節にこうある。
 「私達は確かな預言の言葉をもっています。」
だが、現代の私達も彼らと同様に、預言の言葉を主から預かったのだと思う。
 

 旧約聖書には数多くの預言者が登場する。
 一言で言うと、預言者とは先のことを予言する者ではなく、神から言葉を預かった人である。
 神が彼を選び出し、神が彼に語り、神の言葉を人々と王に伝えるのである。
 時が良くても悪くても、自分の都合ではなく、神のご都合に合わせるのだ。
 伝えたゆえに、迫害が起こっても彼らは当然のこととして、世に出て行って語った。
よって多くの預言者は殺された。

 

 現代、この平和な日本で「私は預言の賜物を与えられた」と自称する人も少なくないらしい。
 但し、預言者だと思っていることは結構だが、自分で自称する必要などないし、語るとすれば『聖書がこう言っていますよ。』で充分と思う。
また、聖書の言葉を人々と共有したり、宣教しているのだから、ある意味、現代の預言者とも言えるだろう。
ご本人が、神から受けた、託されたと意識するも良いだろう。
 聖書からいただいて、救いのみことばを語り伝え、罪の悔い改めを促すことも、あきらかに預言者の働きであるからだ。
 権力や人間を恐れず、聖霊の助けと導きで主の言葉を伝えることは、素晴らしい働きである。
 

 聖書の言葉は私達信徒を支え、助け、導き、心の中に聖なる光りをあてる。
 聖書の言葉はあるときは優しく、あるときは厳しい。
2テモテ3:16
『聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと 矯生と義のい訓練のために有益である。』
 実にそのとおり、エイメンである。
 

 昔、私が弟子訓練の一環として沢山の聖書の言葉を暗記させられたときがあった。
その中にヘブル書4:12節
 『神の言葉は生きていて両刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心の色々な考えやはかりごとを判別できる。』と、あった。
まさに、神の言葉は生きている。
このみことばを繰り返し唱え、暗記作業に努めていたら、何故か涙が溢れて止まらなかった。
 

そう、神は生きておられる、だから主の言葉は生きておられるのだ。
 教えとして生きている言葉でもあるが、語らせ給うた主が生きておられるからだ。
ここのところが誠に大切なのである。
 多くの人たちに、そのことを知って欲しい。
この暗い世、罪が支配する世でも神さまの言葉は生きて輝く。
 世界中のクリスチャンは、それを預かっているのである。
 

 

 

 

 

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