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■ アシュラム / マタイ6章6節 (2010-10-10)

October 10, 2010

信仰生活の中で最も地味で、しかし私達にとって最も力となる取り組みは何か?
 色々考えたが、いろいろある。
しかし、上記の二つが当てはまる対象は一つしかない。
それは主の前に静まって、主の言葉を聴き、祈ることである。
つまり、主と私の二人だけになることである。
イエスさまは徹底してそういう時間を大事にされた。
 

イエスは朝に夕に、一人で淋しい場所で祈っておられた、と聖書は幾度も語る。
 淋しい場所とは、要するに他に誰もいない場所である。
 獣や鳥、虫さえも、ひっそりと息を潜めている場所であったろう。
そういう場所でイエスは天の父の前に静まって、気持ちを集中して、父に語り、父からの言葉を聴かれた。
 

イエスさまでさえ、そういう生活のペースを大事にされたなら、この喧しく慌しい現代では、どれ程の決心と精神を整えて主の前に出る必要があるだろう。
ある意味、文明が進むということは、クリスチャン生活にとって更なる犠牲が伴うということである。
 携帯電話を傍らに置いて黙想など出来ない。
 今日のスケジュールを気にしながら、瞑想など出来ない。
 様々な人間関係を気にしながら、神のことばは聞き取れない。
だから、この世という環境から隔絶された様な場所で神に向かう、ひと時が私達には不可欠である。
 

 教会では今年もアシュラムを開催することが出来た。
たった2日間ではあったが、兄弟姉妹は聖書の言葉を聴き、神の祝福を分かち合い祈り合った。
 秋の気配も濃くなった時節は、アシュラムには適している。
 静かな中にも辛うじて虫の音を聴きながら、世の喧騒から離れて聖書に向かうとき、普段では感じられない感謝の思いも湧き上がる。
 先ずは平和なこの国、そして色々な出来事の錯綜する生活環境の中であっても、与えられた信仰、共に学び祈る神の家族の一員として生きている今に、感謝の思いだけが浮かぶ。
 

そして思うこと・・・・
 イエスに出会えた人生への感謝。
イエスが出会ってくださったことへの感謝。
 様々あるとしても、今日も神の子供として生かされる感謝。
 何が祝福か分からないほど多くの祝福を給わって下さる創造主に感謝。
 

イザヤ書66:2節
 『わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ。』
 

 

 

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