■ クリスマスの贈り物 / ルカの福音書2:1~18 (2010-12-26)

仮に、家族というテーマにおいて美しい画をイメージするとしたら、本当の美しさとは華麗で煌びやかで裕福な家族よりも、この上なく貧しい中にも愛ある情景が選ばれると思う。

不思議なことであるが、無いものだらけとは何と美しいのだろうかと思う時がある。 現代、日本は物で覆われ人が物に支配されている。 だが、当然の如く物が豊かにあることこそが最高と感じている。

昔の人の口癖?はこうだ。「ああ、昔は良かった・・」 貧しかった。戦争もあった。物にも金にも不自由した。病気だって治らない時代。 それでも「昔は良かった」と言う。

物や金が無くても豊かはあった。つまり、心が豊かだったのか。 そして今、自分自身も言う。「昔は良かった」と。 ならば、現代の若者が数十年先に言うだろうか?「ああ、昔は良かった」と。

物が多ければ多い分だけ、人の心が貧しくなるような気がする。 イエスの言われた「心貧しき者」ではなく、貪欲に近い貧しさであろう。 物が心を満たすと人間は考える。 果たしてそうだろうか? 物も金も人間の心を満たすことは出来ないのである。

イエスがお生まれになった晩、赤子を不思議そうに覗き込むマリヤとヨセフの顔は実に平安に満ちている。 家畜小屋の中で、飼い葉桶に寝かされたイエスを抱く若い母と父。 この情景は何と美しく私達の心を隅々まで洗ってくれるのだろうか。 人間が必要と思う物も環境も一切無い。

有るのは若い夫婦の互いへの愛と神を信頼する心である。 すべての余分を切り取って、本当に人間が必要なものだけが僅かに存在する風景がある。 比べて、私達は何と気の毒な時代であろう。 環境を求め、勘違いした社会を造ってしまったのだろう。 人生の大半をそれらのために浪費して・・・ 実に便利である。すべてにおいて・・・ でも、心はどんどん貧しくなるような気がする。

もう一つ。 クリスマスの贈り物、それは謙遜である。 「キリストは神のみ姿であられる方なのに、神の在りかたを捨てることが出来ないとは考えないで・・・」ピリピ2:6~7 これほど私の心に訴える言葉は他にない。 私達クリスチャンが魂に刻むべきことばであると思う。 「出来ないとは考えないで・・」 これ以上に私達がチャレンジで満たされる言葉があるだろうか?

あの寒空、荒野に置かれた家畜小屋、そういう中で、この世に降り給うた神の御子をもう一度拝すべく、人生をリセットしたい。

最初のクリスマス、何と気高く、清く、美しかったのだろう。

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