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■ 人生は選択の積み重ね / 創世記19:1~14 (2011-05-15)

May 15, 2011

甥のロト、その人生は何であったろうか。
 暑い太陽が沈もうとしていたある日、二人の訪問者の来訪と共に、一瞬の内にすべてを失う結末が訪れようとしていたとは。
 

おぞましいとしか表現出来ない有様が、当然の如く繰り広げられていた町。
そんな町がソドムとゴモラであった。
 死海の南西、湖岸にあった町々。およそ10の集落があったと思われる。
 海面との落差は400メートル、低地で温暖というより異常な暑さである。
 今も空中を飛ぶ鳥が脳震盪を起こして落ちてくるとさえ、言われる。
 

ロトは当初、ソドムに近い地域にテントを張って住んだ。
しかし、やがて更に町の近くに移り住んだらしい。
 性的堕落は既に度を越しており、おぞましいを通り越していた。
この町には道理も倫理も存在しなかった。
 何故、ロトがそこに住み続けられたのか、計りかねる。
 

ある日の夕暮れ、ロトは町の門のところに座っていた。
そこへ近づいたのは見たこともない二人連れだった。
だが、ロトの霊性は死んではいなかった。
 彼は走り寄って跪き、顔を地面につけて伏し拝んで言った。
 「さあ、ご主人。どうかこのしもべの家へお立ち寄り下さい。
ささ、足をあらって一晩の宿にしてください。」
 

 神の御使いであろうことをロトの目は見抜いていた。
ソドムの町がどれほど汚らわしくても、住人ロトはただ一人、彼らを見分けられたのである。
 人間など実に、朱に染まりやすいものである。
モラルの低下した町に住み続ければ、数ヶ月で「その町」の人間になる。
 数年すれば、完全に同化してしまうだろう。
それほどに住環境は人に大きな影響を与えるものだ。
ペテロの手紙はロトを「義人」として紹介している。
しかし、本当に義人であるなら、どうしてソドムの町の近くに住み着いたのだろう。
 

 人は誘惑を目の前にして、い続けられない。
 横目で誘惑を楽しみ続けられない。
やがて必ず誘惑にはまってしまう。
とにかく、誘惑からは逃げるべし、である。
 叔父のアブラハムは荒野に住んだ。
だが、荒野には神がおられた。
 厳しい環境でも神がおられることが大事だ。
 

 神と向き合って生きる環境こそ、祝福である。
そして、そういう価値観を失わないでいられることこそ、祝福である。
だが、人は繁栄する場所に住みたがるものだ。
そして、そこには誘惑の落とし穴が限りなくある。
あなたどちらを選ぶ?
やはり人生は選択の積み重ねだと思う。
 

 人との出会い、場所との出会い、仕事、恋人、結婚、つまり今生きている地点にあるのは、私やあなたの、選択の積み重ねであったと思う。
だが、それでも神は神の摂理を私達の選択と、その結果の場所に置いて下さっておられる。
そのことは、あなたがキリストを信じたとき初めて悟るのである。
 

 

 

 

 

 

 

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