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■ 結局あなたはどこへ向かい、どこへ帰るのか? / ルカ17:11~19 (2012-07-01)

July 1, 2012

無知は恐れを生み、偏見を生み、差別を生み出す。
 無知自体に罪はない。
しかし、やがていつかは自分だけでなく、他者に対しても悪い影響を及ぼすことを忘れてはなるまい。
 原発事故後の放射線に関して、どれほどの人が迷惑を蒙り、悲しみ苦しんだか。
 既に解き明かされている課題であるのに、恐れが先立ち、故にひた隠しに走り、そして偏見と差別を生み出した。

 

 昔はライ病、今はハンセン病と呼び名が変わった病。
 天けい病と恐れられた。
 原因不明、まさに神の罰としか思えない病状から、そう呼ばれたのであろう。
しかしライ菌が発見され、解明され、治療の道が開かれ、遺伝性はなく、菌そのものも感染力は非常に弱いことが分かったとき、ようやく陽の目をみたのである。
だが、それはあくまでつい最近の出来事であって、人類史上稀なる恐ろしい病気に位置づけられて来た。
ハンセン病患者となった人々は、地獄以上に生きる地獄を味わわされた。
 有史以来20世紀の中頃までの実に長い年月、患者も家族も国による隔離、差別、そして国民からの偏見の矢面に立たされ続けた。
 

それは今終わっていない。
 「ハンセン病理解を」と呼びかける講演が開催され続けるところに、今尚人間が無知で居続ける証拠である。
 

2千年前、イエスの前に10人のライ病患者が現れた。
ボロを身にまとい、頭は隠さず、口を覆って、「汚れている、汚れている。」と叫ばねばならなかった。
2メートル以上健常者に近寄ってはならず、風上に居たなら5メートル以上離れねばならなかった。
それが当時のお上からの「お達し」であったからだ。
 彼らはイエスから離れて叫んだ。
 「イエスさまー、せんせー、どうか私達を憐れんでくださーい!」
イエスは言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」
 旧約、レビ記に書かれた通り、イエスは順番を踏んで、病状を鑑定する祭司の所に向かわせた。
そして彼らは行く途中、癒された。
 

すると一人だけは大喜びで飛んで帰り、イエスの前にひれ伏して感謝した。
イエスは言われた。「戻って来たのはこのサマリヤ人だけなのか?あとの9人はどこにいる?」
 地獄から天国に移された様な出来事にも関わらず、9人のユダヤ人は戻って来なかった。
 

 

あり得ない、と思われるだろうか。
だが、果たして私達はいかがであろう。
 最悪の事態が訪れたとき、私達はなにを考えて行動するだろう?
 今、自分がなせる最善を模索していないだろうか?
 情けない話だが、事実である。
 一番先に先ず、全知全能の神に頼るべきなのに。
だが私達がすることは、見回して助けが何処にも無いことを悟ったとき、初めて神に向かうのである。
 

 

そして懸命に祈り始める。
そのとき、初めて自分の不信仰を悟らされる。
そのことを覚えよう。
そこでこそ、学びを得られるのだから。
 

やがて状況が変わり、事態に解決の瞬間が訪れる。
きっと先ず主に感謝するだろう。
それが良い。
しかし時としてあの9人の様に、「切実に求めた心の場所に戻らない」人間の傲慢と不信仰を選んでしまうことを警戒せねばならない。
イエスのところに戻らなかった9人のこと覚えよう。
 

 

 

 

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