■ AWESOME GOD / マルコ5:1~20 (2012-09-02)

「AWESOME(アッサム)GOD」という英語がある。 しかし訳すに相応しい日本語が見つからない。 凄い?・・・表現力が乏しい? 素晴らしい?・・・軽過ぎだし、おとなし過ぎる。 ぶったまげた・・・品が無い? つまり、そういう神さまが、この国になかったというか、それほどに個人的に関わってくれた神が、民の心にもなかった、とう言うことだろう。

イエス・キリスト以外にAWESOME GODはこの世に存在しない。 私達が苦しいとき、辛いとき、悲しいとき、迷ったとき、呻くとき・・・このイエス以外にAWESOME な神は無い。

そして、そういうAWESOME (アッサム)な神と生きる人生を構築しようではないかと思う。 なにせ主イエスは死んでよみがえられた神である。 神のことばが人となって私達の間に住まわれたその方である。 彼の名を口にするだけで、嬉しくなり、ふつふつと心に湧き起こる喜びとチャレンジ。 大胆でダイナミックで、醍醐味と思いっきりの良さ、すべてイエスと生きるからこそ体感、体験、納得の行くAWESOME (アッサム)な神である。

ある夕方、イエスはたった一人の狂人のために夕暮れのガリラヤ湖に小舟を浮べた。 弟子達は2艘に分かれて湖の真ん中に漕ぎ出したが、突風が巻き起こり危うく舟が転覆しそうになった。 そんな思いをしたのに、結果的には向こう岸のゲラサ人である一人の狂人に出会うためだったとは・・・と、私は個人的に考えた。

イエス見た途端、傍によってきた男は、村人達の頭痛の種であった。 馬鹿力を通り越したその腕力は、鎖で石に縛りつけでもしなかったら、何をしでかすか分からなかった。 墓場の石につながれ、自分で自分の体を傷つけてはわけの分からぬ声で、朝から晩までわめいていた男だった。 イエスは彼を見詰めて叫ばれた。「汚れた霊よ、この人から出て行け!」 男はイエスに向かって叫んだ。 「いと高き神の子、イエスさま!いったい私に何をしようというのです!神の御名によってお願いします。どうか私を苦しめないでください!」 すると男の中から汚れた霊が叫んだ。 「どうかあそこの豚の群に入らせてください。」 汚れた霊は男から出て、豚の大群に乗り移り、途端に群は湖になだれ落ち、溺れて死んだ。 この様子は直ぐに村中に知れ渡り、村人が駆けつけた。 彼らはイエスに言った。 「お願いだ!直ぐにこの村から出てってくれ!」 それは豚の事と共に、かの狂人が正気に返り着物を着て、おとなしく座っていたからだった。 村人にとって、イエスは恐ろしい存在そのものだった。

イエスと弟子達はその場を立ち去ろうとしたが、かの男はイエスを追ってきて言った。 「イエスさま、私をお供にして連れてってください。」 しかし、イエスは彼に答えた。 「あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。」

イエスの言葉を自問する。 果たして私達は自分の家、自分の家族、近所、親戚に対して、どういった生き方をしているだろうか? 最も近い環境にある人たちに対して、イエスが自分にしてくださったことを、どれほど伝えて来ただろうか? 恐れるは神ではなくて、近い人たちとの関係の悪化ではないだろうか? もしそうなら、そういったジレンマのために、真剣に祈ってきただろうか? もし自分にとってイエスがAWESOME GODになっておられなかったら、私の中でイエスは死してよみがえらなかった、と言えないだろうか? 実に彼こそAWESOME GODである。 あの元狂人の男性だけがイエスをAWESOMEな方と思ったとしたら?NOMENである。

マルコ5章20節 そこで、彼は立ち去り、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、デカポリスの地方で言い広め始めた。人々はみな驚いた。・・・Amen

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