■ チャレンジ / マタイ10:1~20 (2013-09-15)

チャレンジとは挑戦である。 人生と自分に対して受ける、若しくは逃げないで敢えて向かい合うことを言う。 一般的にスポーツとか仕事、また健康維持とかリハビリ等におけるチャレンジなら大概の人々は前向きに取り組むであろう。 しかし、ことクリスチャン信仰におけるチャレンジは避けたくなることが多い。 並みの程度に留めておいても、生活には何ら差しつかえ無いからだ。 妙に深入りしたくないのが、普通の人の心情である。

しかし人間とは、自然体で生きていて信仰生活の向上など望めない。 向上など有り得ないとも言える。 一言、付け加えるなら『自然で生きるとは向上ではなく、やがては沈んで行くもの』と考える位が丁度良い。

先ず、自然体で取り組んでしっかりしたクリスチャンになった人を殆ど見たことが無い。 皆、神さまからのチャレンジに応えたことにより、一段も二段もステップアップしたのである。 ステップアップとは、天の父により近付くことである。 つまり、自然体とは「どっちつかず」で居続けることになる。

イエスが12弟子を呼び集め、「神の前に滅びた民イスラエルびと」に遣わされた、とマタイ10章にある。 この聖句から先ずしっかりと覚えておいて欲しい真理がある。 クリスチャンはすべて!主イエスに選ばれ、呼ばれれたのである。 人に拠ってではない。 その人の能力ではない。 出来事に拠ってではない。 主なる神に拠ったのである。 今日、如何なる奉仕も、どれほど小さい奉仕もすべて主から与えられたと確信していただきたい。 それは、あなたの信仰のBASE(土台、基盤)だからである。

主からのチャレンジに応えることは嬉しくもあり、遣り甲斐もあり、そして辛く苦しいことも多い。 「何故自分?」と感じることが多い。 覚えよう、主はあなたに期待されている。 あなたは逃げることも、身をかわすことも出来る。 しかし、主はあなたに期待された。 大丈夫、そのチャレンジはあなたの孤独な作業ではない。 主イエスが伴って下さる旅路だ。

マタイ10章にこうある。 いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。 また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。 人々があなたがたを引き渡したとき、どのように話そうか、何を話そうかと心配するには及びません。話すべきことは、そのとき示されるからです。 というのは、話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話されるあなたがたの父の御霊だからです。」 AMEN

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