■ 「なぜ、そんなことをするのか」 / マタイ21:1~11 (2013-09-29)

イエスが弟子達に言われた。 『向こうの村に入ると、ロバがつながれている。 一緒にロバの子がいるから、それを連れて来なさい。誰かが「なぜ、そんなことするのか?」 と言ったら、「主がお入用なのです。」と言いなさい。』

弟子達はそれが一体、何を意味するのか分からなかった。 しかし、出掛けて行くとイエスの言われたとおりであった。 そしてロバの子を連れて来た。 果たして私が主の弟子だとしたら、あれほど簡単に出掛けて行けただろうか?

私達には殆どの場合、神さまのお考えが分からない。 分からないのが当然である、と思ったほうが良い。 神さまは、ご存知であるのだから、それで良いのだと思える様になって来た。 「俺も多少は成長したのかなぁ、」といった考えが頭をよぎる。 その瞬間、「ああ、やはり私は傲慢なんだ」と気づく。 今、主に従うことが大事なのである。 それ以外に知っておく必要などないのである。

「何故、そんなことをするのか?」 ロバの持ち主は言ったのである。 当然である。 そして、私達クリスチャンだっていつも思うことがある。 「主よ、言われたことの意味はなんですか?」 「今、なぜそれをするべきか分かりません。」 「主よ、今目の前で起こっている事の意味を知りたいのですが・・。」

実に主に委ねること、お任せすることは難しい。 自分で知っておきたいし、知らないと不安ばかり増す。 これが人間である。 しかし、知ったからとて、それが何になるのだろう。 それなら信仰など必要ではない。 確かに、信仰とは知らないで従うからこそ信仰であって、それでこそ信仰の為す業である。

神さまを信じることは簡単だが、その先がどうなるのか、何の意味があるのかまで、黙って任せられないのである。 ということは、神さまを信じること自体、実に奥が深いことである。 「ああ、私も遂に学者クリスチャンになってしまった・・・・」実に人は考える葦となった。 弟子達は偉かった。 子供の使いの様に出掛けて行ったのだから。 その簡単なことさえ出来ずに、今日も私は会衆に神さまのことをメッセイジしている。

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