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■ ヨシャパテの道・本気 / 第二歴代誌20:12~21

February 15, 2015

信仰生活をふざけてやっている人などいない。
皆、真剣である。
しかしである。
本気度にもランクがある。
絶対に引けない、後ろが断崖絶壁のときがある。
死んでも引き下がれない、譲れないときだってある。
真剣勝負、生きるか死ぬかの瀬戸際。
果たして、その時の祈りはどんな祈りだろう。

ヨシャパテ王とユダの国がおびただしい軍勢に囲まれた時があった。
どう戦っても勝ち目はなかった。
絶望である。
そのときヨシャパテ王は主の前に出た。
彼は主を恐れ、ただひたすら主に祈り、国民に対して断食せよとのおふれを出した。
民は尋常でないものを感じ、集まって来て主の助けを求めた。
王の悲痛な思いを民は実感した。
ヨシャパテは民の前で主に祈った。
「主よ、このおびただしい大群に立ち向かう力は我々にはありません。
どうすれば良いのかも分かりません。ただ、ただあなたに目を注ぐばかりです。」

ヨシャパテは自分達がまったく無力であると主に告げた。
己の弱さを恥も外聞も無く、神にさらけ出した。
民は年配者も女性も子供もいた。
彼らの目前で王は祈ったのである。

パウロは言った。
「私がどうしても誇る必要があるとするなら、私は自分の弱さを誇ろう。」ⅱコリ11:30
「わたしの力は弱さの内に完全に現れる、と主は言われる。」Ⅱコリ12:9

人間は自分の力に頼り続ける限り、本気の祈りに至れない。
自分の可能性に依存する限り、真剣勝負の祈りはできない。
まったく神にだけすがる祈りは、人を造りかえるものだ。
そこだけが本気の祈りの場になるであろう。
ゲッセマネの園で主イエスはそういう祈りをされた。
「父よ、願わくはこの杯を除け給え。」主は必死に祈られた。
そして祈られた。「どうしても飲まねばならぬのなら、父よ、あなたのみ心を為し給え。」
そしてイエスは十字架という杯を飲み干された。
神の御子は完全に弱くなられた。
神にまったく従われた。

ヨシャパテの祈りに、主が一人の預言者に語られた。
ヤハジエルという人だった。
彼は叫んだ。
「恐れるな、ヨシャパテ王、そしてユダの民よ。よく聞け、この戦いはあなた方が戦うのではない。主の戦いだ。ただそれを信ぜよ。そして敵に向かって進軍せよ。」
そして王と民はそれを信じた。
彼らは地にひれ伏して、主を礼拝した、と聖書は語る。

30年前であろうか。
私に人生で最も大きな試練が訪れた。
それは私が住む地域に対して、キリストを信じる信仰に立て、というご命令であった。
私は恐れた。何もそこまでしなくても・・・・
しかし、主は退かなかった。
あくまで私をそこへと押し出した。
一週間、ろくに食事も喉を通らない日々が続いた。
その時、語られた聖書が第二歴代誌20章、ヨシャパテの信仰の場面。

私は床に額をすりつけて、主を伏し拝んだ。
願うはただ一つ、祈りを通して、主が下さる勝利の確信を信じること。
自分のすべてをあきらめ、主にだけ希望を持つこと。
持てる余裕など微塵も無かった。
完璧に弱き者となり、神の御力が100%私を覆って下さることを求めた。

どれくらいの時間、祈ったか分からない。
私は主から確信をいただいた。
この戦いは主の戦いである。
私はただ主を信じて立ち上がるだけであった。
武器など無い。
主が戦ってくださるからだ。

あの一週間とあの晩の出来事が、私にとって忘れない転換期となった。
あおの晩の勝利を体験していなければ、私が牧師としてなど決してない。
あの晩が人生の分岐点だった。
ヤハジエル、この人生で忘れたことのない名前だ。
王と民の前にたった一人、主の仰せを叫んだ預言者の名前である。
一度だけ、その名を記された男の名前である
 

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