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■ 晴天の霹靂 / マタイ16:6~26

March 15, 2015

小さな雲一つさえ無い青空に突然の雷が鳴った。
仮にそういう状況があったとすれば、それを「晴天に霹靂」というらしい。
あり得ないことが突然起こった場面。

「世の人々は、私を何と呼んでいるだろう?」
弟子の誰かが答えた後で、イエスはペテロを見やった。
「あなた方は私を何と言う」
ペテロは間髪を入れず言った。
「あなたこそ、生ける神の子、キリストです!」
私は思う、すべてを予知されるイエスにとって、晴天の霹靂と思えるペテロの応答だった。

その後のイエスの言葉からして、珍しく高揚された主の霊の動揺を感じる。
するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。
ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。』
主イエスの言葉を聞いたペテロも神経が高ぶった。
まるで自分を失ったかの様に、イエスに対し上から目線で説教をしてしまったのである。
挙句の果てにイエスから「下がれ、サタン!」といわれた。
ペテロはその短い時間の中で、遥かな高嶺から谷底へ突き落とされた様な精神状態を味わった。

先日、47年ぶりに昔の遊び仲間が私の事務所を訪れた。
彼の記憶にあるのは、47年前の私だけである。
私は彼に、今の私の立場と役割、仕事と主への奉仕(牧師)を説明した。
そのとき彼の顔から目玉が飛び出るかと思えるほどに驚いた。
そしてどうしても、牧師としての今の私と、47年前の私がつながらないと席を立つまで言っていた。
文字通り、晴天の霹靂であったろう。
一方、私とて生きてきた自分の足跡を振り返ると、自分でも笑ってしまうほどに可笑しいのである。感想は一言、「ありえない・・・・」だけ。
彼の頭が混濁するほどに、私がひどかったということであろう。

主の前に生きることは実にユニークで楽しくて不思議だ。
勿論、辛い日もあれば、悔やむ日もある。
だが、世の人が味わえない場面など半端なくやってくる。
それは、私達の生ける神はAWESOME GOD(アッサム・ガッド)、つまり物凄い!神なのだ。
人間一人くらい、御口の一息フーッ程度で造り変えられる方である。
但し、私達がそれを信じられなければ、何の変化も起こらない。
いつまで経っても「生まれたまんまの肉なる者」でしかない。

アメイジング・グレイスを歌って聞いて感動するが、その先に何もなければ、単なる歌に過ぎない。八代亜紀さんの舟歌だってそれくらいの感動なら与えられる。
奴隷商人だったジョン・ニュートンが嵐の中で死ぬ思いに出くわし、思わず「神よ助け給え」と叫んだ瞬間、我が身と心の罪を見させられ、キリストの愛と赦しに出会い造りかえられた。
人を売買し、金儲けだけに奔走していた彼が、幼い頃に母から聞いたキリストに帰り、心に平安が訪れ、書いた歌がアメイジング・グレイスである。
我らの神はAwesome God (アッサム ガッド) つまり、ものすごい神なのである。
我が手で、我が心で、我が胸で受け止めずして、どこで受け止めるのか。
その方を知った、頭で知ったのとは全く違うのである。
考えが変われば生き方が変わる。生き方が変われば奉仕が変わる。奉仕が変われば周囲が変わる。
イの一番に変わるべきは、他の人ではない、自分である。
青空に雷の音を聞きたいと思わないか。
神のみ声を遮るのは、他の誰かではない。
実に自分の頭である。
 

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