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■ 朱に交われば・・・・ / 第一列王記11:1~4、29~38

ダビデから息子ソロモンへと王位継承がなされ、ソロモンに与えられた主の祝福はダビデと変わらぬものだった。
 確かに、最初の段階だけは・・・
 しかし、イスラエルの王として父ダビデの信仰と品性、資質までは継承出来なかった。
 我欲が強く狭量なソロモンは、父と違い太っ腹な判断と神への恐れ、人としての徳は持ち合わせていなかった。
BC926年、遂にイスラエルは北と南の分裂に至った。
その後、北のイスラエル、南のユダは長い間に渡って小競り合いや諍いが耐えなかった。
それぞれは信仰の対象も遠くかけ離れ、特に北王国は主であるヤハウェから目も心も離れ去った。
 

しかし時至りBC867年、北と南は同盟を結んだ。
 現在なら、さしずめ安全保障条約とでも言おうか。
 両者互いに侵犯せずは勿論のこと、戦時には共に戦おうという同盟も結んだ。
 最悪の事態は、娘や息子を嫁がせ親戚関係に至ったことである。
 

民族の血はその時点では確かに何れもヘブルびと、イスラエルびとであったから当然かも知れないが、相容れない互いの信仰、生ける神を無視したことは、南の国ユダにとって命取りとなった。
 南の国王、ヨシャパテは父王アサの影響もあって、信仰深く、民に寛容であった。
 彼自身は律法の言葉を国中に広め、各地に祭司をおき、選民としての生き方を求めたほどであった。
 

しかし、北の王アハブはカナンの土着宗教に走っていたため、妻イゼベルの持ち込んだ偶像礼拝に危惧することなく、王宮と民にあからさまな姦淫をさせたのである。
つまりアハブは人として悪人でなくとも、信仰においては全くの無頓着ぶりで何らの境界線も持たない人だった。
また悟らされれば、背を丸くし、落ち込んだ姿を見せる人であり、一概に憎めない人だったのであろう。
それがヨシャパテから警戒心を取り去ったのかも知れない。
 

 「朱に交われば赤くなる。」という言葉の通り、「人間とは相手や環境によって良くも悪くもなる。」のである。
アハブはイゼベルという朱と交わり、ヨシャパテはアハブという朱に交わった。
 結果はやがて日を追って見えて来る。
 

クリスチャンは日々意識して、「主の守りと臨在」を祈り続けるべきである。
 今日、私たちは神の国に住んでいるのではない。
 私たちは悪魔が支配する世に生きているのだ。
もし、これを笑い話の一つと感じるなら、あなたの心は既に赤く染まり始めているかも知れない。
 不思議ではない。
 私たちはすべて赤(罪の色)かったのである。
それをキリストの血で洗われ、雪のようにされた(イザヤ1:18)。
 

 十戒の冒頭、『あなたには、わたしの他に他の神々があってはならない。』
 北王国はとうの昔、此処を踏み外していた。
 十戒の7番目『姦淫してはならない』、しかし、主が意図されるこの言葉の意味は、人が人に対して行う姦淫と同時に、選民イスラエルが心を偶像(アイドル)に移すことが姦淫として位置づけられた。
21世紀の私達とて、心律して生きるべき場所である。
 

ヨシャパテと言う人は素晴らしい人間性と信仰を持っていた。
 心も真っ直ぐに主に向かい、自分だけなく国民にも神への帰属を促した。
だが、そういうヨシャパテだからこそ、悪魔は弱点を見抜いていたのである。
 寛容と親切、善意と柔和、いずれも素晴らしい資質である。
だからこそ、隙間は同時に存在するのだろうか。
そういう王が、よりによって何故アハブと縁を結び、毒された北の国の香りを受け入れ同盟まで結んだのか。
 残念でならない。
 

兄妹姉妹、ヨシャパテ王の息子達とその後、そして国の運命がどこまで坂を転げ落ちて行ったかは、聖書から読んでいただきたい。
 後280年を経て、南王国ユダはバビロニア帝国によって陥没する。
 当時のゼデキヤ王の息子達は父の目の前で虐殺され、ゼデキヤは両目を抉り取られ、足かせを付けられバビロンへ連れて行かれた。
 

確かに今日、どのように生きたかで明日、裁きを受けないかも知れない。
 仮に主と主の目、みことばを無視したにせよ即座に食や住まいや仕事を失うわけでないかも知れない。
 仮に数回、礼拝を安もうとも直ちに祝福が尽きることは無いかも知れない。
だが、覚えて欲しい。
 悪魔は吼えたける獅子のように食い尽くすものを捜して
我らの神はたった一度の十字架で、人類の罪を永遠に滅ぼされ、よみがえられた生ける神である。
つまり二度目の十字架は無い。
セカンドチャンスも、サードチャンスも無い。
 『一度、聖霊の味を知り、神のすばらしいみことばと、後にやがて来る世の力を味わったうえで、しかも堕落してしまうなら、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることは出来ない』とヘブル6章は断言している。
 

 年月がどれほど経とうと、生ける神はご自身の約束を守られる。
この意味を裏返しするなら、実に恐ろしいばかりである。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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