■ 世界で最初のキリストの教会

2千年前、世界で初めてのキリスト教会が生まれた。 アジア大陸の東の端っこ、地中海にずり落ちそうな極地、中東で昔から他国に責められ蹂躙されたところ。 しかし、歴史と民族の哀愁が漂う地であり、気候も景色も地上の世界を圧縮凝縮したかのような不思議で美しいところ、そのカナンの北部ガリラヤ地方に生まれた小さな群れ。 当時、いったい誰ひとり想像しなかったこと。 遠い未来、この群れが世界の民に福音を配する集団になろうとは。 一番初めのキリスト教会は、「すべてにおいて、その日暮らし」だった。 毎日は驚きの連続であり、感動はやまず、地上の現実感など吹っ飛んでいた。 見たことも聞いたことも無い出来事は止まるところを知らなかった。 弟子たちは家に帰ることも仕事に帰ることも忘れ、リーダーのイエスに追従した。 イエスはとても牧師などという枠に収まりきれない方だった。 弟子たちからすれば、イエスの行動は破天荒そのものであった。 思い立ったら何処へでも、何でも、いつでも行動する人だった。 イエスの願い、思い、言葉、行動を支えたのは、弟子や教会員ではなかった。 天の父なる神、創造主だけであった。 それに明日など心配しない教会であった。 する必要も余裕もなかった。 だから、今が、今日が、彼らの視界であった。 夢や期待は弟子の幾人かが僅かに持っていただけだった。 凡そどう考えてみても現代のキリスト教会とは似ても似つかぬ群れだった。 だが、幾つかの点で現代のキリスト教会に共通している部分があった。 それは皮肉にもネガティブなものであった。 背教、裏切り、躓き、否定、仲間割れ等々・・ つまり人間が集まるところ、どの世界でも起こって当たり前のものである。 人間とは各も厄介で難しい生き物である。 しかし、そんな群れでもイエスがど真ん中におられる限り、崩壊は無い。 イエスという方を各自の心、思い、価値観、考えの「ど真ん中に」置くならば自己中心でさえ、頭をもたげる機会は失せる。 多種多様な人間たちの群れでも集会でも、イエスがその「ど真ん中」におられるなら、皆は一つになる。 だからキリストの教会と言う。 高々とキリストの教会という看板を掲げたからでは無い。 看板など何の役にも立たない。 牧師もメンバーも、自身の「ど真ん中」にイエスを置くなら、それだけでキリストの教会だ。 聞こえは一番シンプルであるが、関わってみると一番難しい部分がここに浮かび上がってくる。 「イエスをど真ん中」にして生きる人生、群れと集会。 イエスは30歳から33歳の間、理想的なキリスト教会を引っ張られた。 信徒は目の前だけを考える単純さ。 イエスの教え、「明日を思い煩うな、今日の労苦は今日で十分。」を実践せざるを得なかったであろう。 三年間は夢のように瞬くまに飛び去った。 この群であれ、人間である故の宿命的な弱さと欠陥はあった。 だが、彼らにとって「イエスはすべてのすべて」だった。 現代の教会と比較しようがない程の大きな一点だったと思う。 しかし、仮にキリスト者の人生であるならば、何が起こっても忘れてはいけない点である。 「イエスこそすべて」。 彼らが危惧した点はここであったろう。 生ける主であるということは、いつか死なれる主である。 イエスが居なくなることなど夢にも思わなかった。 以後の教会が体験したくとも絶対出来ない体験が最初の教会にあった。 最後の晩餐と呼ばれるが、それはイエスだけが知っていた意味を持つ食卓だった。 弟子たちの誰もが「最後の食事会」とは思わなかった。 その食事の最中、イエスは言われた。 「この中で一人の者が私を裏切るであろう。」 弟子達は皆、不安でおののいた。 イエスはパンを裂き、杯を取り祝福して言われた。 「このパンはわたしの体である。この杯はわたしとあなた方の契約の血である。」 そして彼らは賛美を歌って皆でオリーブ山へと向かった。 背教、裏切り、躓き、否定・・これらはイエスを見失い行く弟子たちの暗夜行路そのものであった。 以後、教会は姿を変え、質を変えて時代を生きた。 喜び、感謝、賛美、祈りは尽きずあった。 同時にネガティブな部分も少なからずあった。 時代、人々の考え、文明、世界が変わろうとも変わってはならないことがある。 それはイエスの教会、キリストの教会の営みであり、キリストの教会を目指すことである。 厄介この上ない人間たちであっても、美しいものは十分に備えている。 それを引き出して下さるのがキリストであるのだから、彼を「ど真ん中」にすることがベストである。 ヨハネ15:5 「わたしを離れては、あなた方は何をすることも出来ない」 新生賛美歌「イェスがいなければ」 一、 イエスがいなければ 何もできない 荒波にゆれる 帆の無い舟のよう 二、 イエスがいなければ 生きるすべなし 主のみ救いこそ わがいのちのもと イェス 主イェス 知ってますか この主イェスを 主イェス 主イェス わが救いの主よ

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