■ その日暮らし / 黙示録3:14~22

聖書の一番最後の書が「ヨハネの黙示録」。 殆どチンプンカンプン、書かれている内容をイメージしてもピンと来ない。 しかし、全体を通して語られるテーマは明確である。 この世の終わり、何が私達を待っているのか? 確かに、それは恐ろしく不安も感じる場面である。

だが、キリストを信じ続け、キリストを見上げ続けるなら、そこにあるのは間違いなく、「揺るがない永遠の救い」である。

どんな事態が私達を待ちうけようとも、ぶれない信仰をキリストに対して持ち続けよ、という警告を発している。 「信じ続ける」ことが、他の何よりも求められるのが聖書のメッセージである。 それは明日もあさっても、ずっと先まで眺めながらは何とも難しいが、仮に今日一日だけであるなら、誰だって出来るではないか。 信仰、「その日暮らし」が良い。 明日は心配しない。明日は神さまが用意しておられる。 そして昨日を引き摺らない。 「この一日だけ、この日だけ」しっかりとイエスに生きよう。 この一日だけ、主を見上げ、主に従おう。 第一、人間の存在など明日はわからないのだから。

昔、神学校へ通う道すがら、いつもそう思って祈った。 「イエスさま、今日だけ、この日だけ私を守ってください。」 そう思わないと、とてもやって行けなかった。 その日暮らしの学校通いは、遂に五年後の卒業する日まで守られた。 でも、それは単なる終わりではなく、本来のことへの始まりに過ぎなかったのを後で知った。 こんな私にキリストはずっと一緒にいてくださった。

黙示とは、「人が悟り得ないことを神が示してくださる」ことである。 黙示録に七つの教会への手紙が登場する。 内の一つ、ラオデキヤの教会。 凡そラオデキヤの町はすべてにおいて、恵まれ過ぎていたほどだ。

裕福で平穏な町。 偶像礼拝、迫害、貧困、これらに縁の無いような町であり、そして教会だったらしい。 しかし、こういった環境は彼らのキリスト教信仰に暗い影をさした。 だからキリストはラオデキヤの教会に対し、厳しく叱咤激励をされた。 「あなた方は熱くもなく、冷たくもない。わたしはむしろ、あなたがたが熱いか冷たいかであってほしい。このようにあなた方は生ぬるいので、わたしの口からあなたがたを吐き出そう。」

一見マイナスでネガティブに思える迫害、貧困、困難等はかえってクリスチャン信仰を磨き輝かせるのであろうか。 例えば「マケドニヤの教会」はそういった厳しい環境の中で、鮮やかな信仰の花を咲かせた。 パウロはコリント人への手紙でマケドニヤの教会のことを、こう綴っている。 『苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、マケドニヤのクリスチャン達の満ち溢れる喜びは、その極度の貧しさにも関わらず、溢れ出て、惜しみなく施す富となったのです。』

ラオデキヤは金融業で栄えていた。いつも景気がよかった。 その地場産業の一つ、牧畜は黒い羊毛から艶と腰のある高価な毛織物を輩出し、多額の富を稼ぎ出した。 また薬学は非常に進み、特に目薬においては他国の人々にも広く知られ重宝された。

紀元1世紀半ばの大地震において多くの建物は崩壊したが、ラオデキヤの町は多額の富を駆使して、ローマ政府の助を得ずして自力再建を果たした。 だが、ラオデキヤ教会は信仰において良い評価は少しも得られていない。 「あなた方は言っている。我々は豊かになった、乏しいものは一つも無いと。 しかし、実は自分が最も惨めで、哀れで、貧しくて、裸の者であることを知らない。だから本当に豊かな者となるために、神の国の宝わたしから買い、裸の恥を覆う白い衣(黒い毛織物ではなく)を買い、霊的な目が見えるための目薬を買いなさい。」

このようなラオデキヤの教会であるのに、キリストは熱く迫られた。 なんと「一緒に食事をしよう、共に交わりをしよう。」とまでいわれた。 キリストの愛は諦めない愛。 彼に来る者を決して見捨てない愛。 人間が彼を見捨てぬ限り、キリストはいつも、いつまでも待っておられる。

1978年3月12日夜10時、キリストは私の心を激しくノックされた。 それが何であるのか、当時は全く分からなかった。 第一、クリスチャンも教会も好きではなかったし、信仰だって前向きに考えたことなど全く無い。 聖書はその日の朝方、アブラハムのことを少しかじった程度しかない。 だが、誰かが、何者かが心の外にいて、ノックしている。 そのとき確かに、自分の心にドアを見た。 それは表に向かって開くドア。 開けないと苦しくなるほどに、諦めないで叩き続けている。 思い切って外に押し開いた。 その瞬間、思いは言葉になった。 「聖書の神を信じてみたい・・・」 その時から数日して黙示録3章20節を知った。 『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。誰でも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。』

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