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■マケドニヤ教会への分け前/Ⅱコリント8:1~15

今から1960年ほど前、キリスト教会は地中海沿岸部西のギリシャと上のトルコ地方に散らばっていた約10数か所程度だった。

しかし、現在の様な教団教派の境やカラーはなく、実に純粋でキリストだけを意識する交わりのあるものだった。

彼らは20に届かない教会数ではあったが、熱く自由に行き来し、そして助け合いもあった。

当然、様々な問題もあったが、弟子達の指導と祈りは彼らの頼りとするところであった。

アテネから地中海沿いに海辺をなぞって上って行くと、間もなくテサロニケ(今のテッサロニーキ)があり、ピリピの町があり、それらはマケドニヤ州に属していた。

だから聖書では「マケドニヤの教会」と紹介されている。

べレヤ、テサロニケ、ピリピといった、これらの教会は金銭的にも非常に貧しく、異教の迫害下に置かれ苦しみの絶えなかったクリスチャン達の群れであった。

しかし、そういう環境の中であればこそ、彼らの信仰は純粋で熱く燃え、神の愛は形となっていた。

 

一方、エルサレムの教会とて、貧しさでは負けていない程、貧困の日々が続いていた。

しかし、エルサレム教会は福音の基地であり、使徒や弟子達の出発地であり、異邦人教会からすれば間違いなく母教会であった。

弟子達の伝道の旅の始まりには、必要な船賃や宿賃も持たせねばならなかったと思う。

つまりエルサレム教会によって各地にキリストの教会が生み出されたともいえる。

異邦人教会はエルサレム教会から多大な恵みと祝福が届けられた故に、人々の救い、そして教会の誕生がなされたのである。

散在した各地の教会は、パウロや使徒達、弟子達の働きにより、キリストの愛の絆でつながり結ばれて行った。

 

現代よりもはるかに密接な祈りと思いは、彼らの毎日に新鮮で生き生きとした交わりを固めて行ったのだと思う。

だからこそ、様々な困難や苦しみが襲ったとしても、教会は増え続けた。

神学でも知識でもない、生ける神の温もりの下で、生きた交わりと信仰は彼らを養った。

 

あるとき、パウロ達は一つの提案をした。

それはエルサレム教会の兄弟姉妹達を貧困から助けるために、マケドニヤ、ギリシャの教会達からも醵金を募り、助けようではないか、というものだった。

マケドニヤの教会達の貧しい状況を知っていたので、この計画からは彼等を除外すべきと考えた可能性がある。

もともと貧しいそれらの教会への醵金要請は更なる無理難題を押し付けるだけだったからだ。

 

通常分け前といえば、仕事の報酬とか成果を分け合う、いわばうまい話をいう。

だが、マケドニヤの教会が食いついたのはうまい話どころか、普通なら懐寒しとなるものだった。

 

つまり、彼らがこの提案を耳にしたとき、彼らは辞退どころか、自ら名乗り出てその助け合いの輪に入れて欲しいと申し出た。

一口も二口も頼むから、是非とも仲間に入れて欲しいと頼み込んだ。

そして彼らの置かれた貧しさからすれば考えられない程の、有り余るお金がパウロの前に置かれたのである。

パウロはその状況をコリントの教会に向けてこうしたためた。

 

『さて兄弟達、私達はマケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みをあなた方に知らせようと思います。

苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ち溢れる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、溢れ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上に捧げ、聖徒達を支える交わりの恵みに与かりたいと、熱心に私達に願ったのです。』第二コリント8:1~4

 

この手紙の文面から感じるものは「美しい」などの言葉をはるかに通り越したものだ。

マケドニヤの教会たちは憐れみでもなく、義理でもなく、人情でも越えられない、奇跡だとかの人間の考える上限をはるかに超えたキリストの愛以外の何ものでもなかった。

無ければ無いなりにではない、無いからこそキリストの愛に仕えられたのだ。

その愛は目に見える形となって実現し、2千年後の今日でさえ、私達の心を揺さぶる。

20世紀を超えて尚更に新鮮で美しく、キラリ輝く彼らの信仰の証は地上ある限り決して消えない。

 

この世は先立つは金。

つまり、クリスチャンにとっては金か神かがいつも問われる。

そんな体験を幾回もした。

そこでこそ、神を愛するのか、金を愛するのかを知らされた。

最も生々しい現実である。

出来るものなら、隠して通り越したい。

 

あげたくとも無いから、あげられないのか。

無ければ無いなりにキリストの愛をあげられるのか。

キリストの愛は無限である。

無限であればこそ、人の手元の愛ではない。

内なるキリストの愛である。

 

主イエスはある日、宮へ献金する人々を見ておられた。

金持ちが大金を投げ込んでいた。

その横で貧しいやもめが、レプタ銅貨二つ(当時最少単位の銅貨)を投げ入れた。

換算すれば150円程度か。

イエスはそれを見て言われた、「彼女が、一番多く捧げた」。

それが彼女の持っているすべてだった。

『問題は幾ら捧げたかよりも、どれほど手元に残して置くかである』(榎本保朗師)。

主よ、明日を思い煩う我らを赦し給え。

 

 

 

 

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