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■Hi's story はMy storyその1/創世記45:1~8

アブラハムの子がイサク、イサクの子がヤコブ、ヤコブの息子達11男坊がヨセフ。

凡そ彼ほど数奇な人生を辿ったひとはいないだろう。

父のヤコブが本当に愛した妻はヨセフの母、ラケルひとりだった。

しかしラケルは子宝に恵まれない女性だった。

ラケルの姉レアもヤコブの妻だったが、彼女はヤコブに6人の男子と一人の女子を産んだ。

それでもヤコブの心は常にラケルに注がれていた。

長い年月の後、創造主はラケルを覚えておられた。

ヨセフという男の子が生まれた。

ラケルは更にもう一人の男の子を生んだが、お産の際中に亡くなった。

子にはベニヤミンという名前がつけられた。

神はイスラエル12部族の始まりを、ヤコブを起点として置かれた。

部族から民族へと、神はご自身の嗣業と決めてイスラエルを背負われたのである。

 

父はヨセフを寵愛した。

他の息子たちとは明らかに一線を画し、何かにつけてヨセフひとりに目に掛けた。

兄たちはそんなヨセフを妬み、そして憎んだ。

ヨセフは神から特別な力をいただいた。

それは夢を見ること、その夢の解き証しする知恵と才能をくださった。

そのこと自体もヨセフが兄達の嫉妬と怒りを買うものだった。

しかし、ヨセフに欠点や傲慢があったのではない。

 

或る日、兄達はヤコブを殺すべく落とし穴に落としたが、長男のルベンがヨセフの身を案じていたため、殺せなかった。

ヨセフの着物だけ剥ぎ取った兄弟達は通り掛かった行商人に銀20枚で売渡した。

ヨセフはエジプトのファラオに仕える廷臣に仕える奴隷として売られた。

兄達はヨセフの着物に殺した山羊の血を擦りつけ、父ヤコブに作り話をしたのである。

父の心は折れ、幾日も幾日も泣き続け、ヨセフの死を悼んだ。

 

売られたヨセフは主人に信用され、彼の全財産まで管理するようになった。

聖書は幾度も言う、「主がヨセフと共におられた」「主が彼を成功させられた」と。

ヨセフは正直であり、そして美男子だった。

主人の妻はヨセフに恋し、彼を誘惑した。

ヨセフは「私はご主人と神に罪を犯すことは出来ません」、凛として断った。

怒った妻は悪巧みを煉り、あたかも寝室に残った上着がヨセフによる悪戯の結果である如く夫に言ったため、ポティファルは怒ってヨセフを監獄に引き渡した。

身に覚えのない冤罪は鉄の鎖になって、ヨセフの手足と彼を苦しめた。

それでも聖書は言う、「主がヨセフと共におられ、ヨセフの命と人生を守られた。」

『主、共におわしますならきっといつかは陽の目を見る。』聖書は常に読者に訴え続ける。

17歳で父の家を離れて後、30歳に及ぶまでヨセフは苦しみに苦しんだ。

だが、彼の心は折れなかった。

何故か、彼の心と身を主が守られた、からである。

『最後まで耐え忍ぶ者は救われる』のである。(マタイ10:22)

 

監獄の長として、囚人を世話する立場に置かれたヨセフの元に、エジプトの王に仕える献酌官と調理官が獄に入れられて来た。

王の身に危害をもたらすべく、誰かが仕組んだ企みの張本人という疑いだった。

ヨセフは二人の顔を見たとき、彼らの悩みを感じた。

尋ねると二人が見た夢を解き明かす者が誰もいないため、獄に入れられたとのことだった。

ヨセフは夢の話を聞き、そして解き明かした。

最後に一言だけ言い伝えた、「仮にあなた方が釈放されたとき、必ず自分のことを思い出して欲しい。自分はヘブル人であり、何ひとつ悪い事はしていない。」二人は約束した。

だが、夢解きをされた一人は死に、別の一人はヨセフの言葉を忘れてしまい、ヨセフはそこから二年の間、暗い獄の中で過ごした。

 

或る日、ファアラオは不思議な夢を見た。

だが、エジプト中を探しても彼の夢を解き明かせる者はいなかった。

その時、献酌官が王の前に伏して言った。

「王さま、どうかこの私の過ちをお赦しください。かつて牢獄で夢を解き証してくれたヘブル人の若者がおりました。彼なら、もしかして王の夢を解き明かしてくれましょう。」

王は早速ヨセフを釈放し、連れて来る様にと指示した。

遂にヨセフの人生に10数年ぶりに陽が差し込んだ瞬間だった。

それは主のみ、神のみが出来るわざだった。

 

ヨセフは王の夢の意味を明かした。

それはエジプトに訪れる7年の大豊作、その後7年に渡る大飢饉というものだった。

王はヨセフを信頼し、エジプトの宰相に取り上げ、エジプトの民がヨセフに仕えることを発布した。

ヨセフはエジプトで妻を娶り、妻は二人の息子をヨセフに産んだ。

マナセ(忘れる)という名をつけた男子に「神が私のすべての労苦と、私の父の全家とを忘れさせた。」と言い、次の男の子エフライム(実り多い)には「神が私の苦しみの地で私を実り多い者にされた。」と言った。

ヨセフにとってエジプトは苦しみの地であり、実りの人生をくれた地だった。

摂理の神はこうしてエジプトでヨセフを苦しめ、その地で彼を癒したのである。

それはヨセフのためだけではなく、イスラエル民族のためであり、ご自分の嗣業の完成のためだった。

 

果たして7年間の大豊作はエジプトを肥やしに肥やした。

量ることさえ面倒になる程、エジプトの倉は膨らんだ。

そして始まった次なる大飢饉に地中海沿岸もカナンもアフリカ大陸も干し上がった。

飢饉が始まって二年後、カナンにいたヤコブは食糧危機を脱すべく、息子たちをエジプトに遣わした。

既に食料の売れる国など、この世にはなかった。

エジプトは次々と倉を開放し、求める人々には食料を売った。

陣頭指揮していたエジプトの宰相は、19年ぶりに見る兄達の顔を見た瞬間、感情を律することに苦心した。

エジプトで生き延び、長年の獄中生活の果て、ヨセフは既に彼等の弟の容姿ではなかった。

 

ヨセフは彼等を三日間監禁所に置き、そして問い詰めた。

どこから来て、何を求め、彼らの父のこと、遂には弟のことまで聞き出した。

ヨセフの目の前で、兄達はヨセフを売ったことを責め、そして自らを責めた。

弟をエジプトに売ったことに彼らが苦しんでいることを聞いたとき、ヨセフはその場を離れてひとり泣いた。

ヨセフは兄達の袋に食料を満たし、シメオンだけを縛ってエジプトに残させた。

うち一人の袋には彼らが支払った筈の銀を戻してやった。

エジプトからの岐路、彼らは袋の銀を見つけると、その意味を悟れず不安に苛まれた。

父の家に帰ったとき、ヤコブは事の次第を耳にし、大いに悩んだ。

息子たちが言うベニヤミンをエジプトに連れ帰らねば、シメオンの身に危険が及ぶであろうことだった。

 

飢饉はカナンを一飲みにしていた。

ヤコブはシメオンが気掛かりでもあり、大いに葛藤したが、今は生き延びることを優先し、ベニヤミンを連れてのエジプト行きを許した。

それだけが12部族の生き残る策であり、それだけが彼等に出来うる行動だった。

息子たちは再び「かの地」へ旅だった。

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