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■このことを信じるか?/ヨハネ11:20~27

搗(か)ちあう、という言葉。

物と物が突き当たるとか、肩と肩がぶつかるといったふうに使用される。

または重なる、という意味もある。

場合によっては、搗ちわない、かみ合わない会話という場合の表現もある。

 

イエスはベタニヤ村にあるラザロ、マルタ、マリヤの三兄妹の家にちょくちょく寄られ、接待を受けられ、心置きなく滞在された。

イエスはこの家族を大変気にいっておられた。

エルサレムから三キロ余りという近さもあったであろうし、三人がイエスを尊敬し愛しておられたからだろう。

 

イエスがエルサレムにおられた際、ラザロが重い病気に罹った。

姉妹たちは何とかして直ぐにでもイエスに来てもらい、兄を癒して欲しいと願ったであろう。

だが、イエスは動かなかった。

そしてラザロの病気は進み、遂に危篤状態に陥った。

追いかけるようにして、「ラザロは死んだ」との報が入った。

イエスは弟子たちに言った、「さあ、彼(ラザロ)のところへ行こう!」

トマスという弟子はイエスの意図が分からず、「私たちも行って主と一緒に死のうではないか。」と言った。

それ程にイエスの受難が刻一刻迫っている空気を弟子たちも感じ始めていたのだろう。

 

ベタニヤ村に着いたとき、マルタがイエスを出迎えた。

「主よ、もし此処にいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。

今でも私は信じております。あなたが神にお求めになることは何でも神はあなたにお与えになります。」

イエスがいった、「あなたの兄弟はよみがえります!」

マルタはそれを受けて答えた、「主よ、勿論です。私は終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。」(多少言葉を追加してみた)

 

マルタは当然ながら、一般のユダヤ人であり、ユダヤ教の考えに支配されていた。

この世の最後、終末の日こそ死者は皆よみがえるという知識を持っていた。

このあたりで、既にマルタとイエスの会話がかちあっていないのにお気づきだろうか?

両者が一つのテーマに関して話し合ってはいても、肝心な部分ですれ違っているのである。

つまり搗地合っていないのである。

マルタはユダヤ教の次元で考え、イエスは神の全能と無限性という次元で話しておられる。

これは現代の私たちクリスチャンとて、日々の中で大差ないことである。

聖書、神、そして主イエスは、全知全能の神の視点で語られ、私たちは聖書を読みながらも、人間という有限性を打ち破れずに理解しようとしている。

つまり、人間が主の御霊によってこの魂を打ち砕かれなければ、どこまで行っても搗ちあわない次元が延々と続くのである。

 

イエスが応えた、「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、わたしを信じる者は決して死ぬことはありません。このことを信じますか?」

ここで更にかみ合わないやりとりとなる。

マルタは答える、「はい、主よ、私はあなたが世に来られる神の子、キリストであると信じています。」

この部分、聖書学者たちは少なからず、マルタの信仰が目覚めた箇所、と解釈している。

果たして私はそう思わない。

なぜなら、マルタはイエスの問いに答えず、持論をなぞっただけだったからだ。

イエスが問われたのは、「いいか、マルタ、わたしを信じるものは死んでも生きるのだ!」なのであって、『自分がキリストかどうかを問うた』のではない。

 

なまじい知識と知恵で聖書を知った、かのごとく錯覚している私たちである。

私たちは時として、神にくってかかり、挑戦し、時としてねじ伏せられる。

何が大事かというと、組み敷かれるか、ねじ伏せられるだろう。

このほうが砕かれることを体験するからである。

創世記のヤコブのごとく、である。

 

「搗ちあう」つまり、ぶつかりあう、衝突する、複数の物事が一緒になる。

これらを肯定的にみるか、否定的に考えるか、で人間性も考え方も違ってくるだろう。

見えない方と搗ちあうとしたら、どうしよう?

それは御霊の神と、私たちの心の出会い、ぶつかり、衝突だけである。

人の心は見えない。

御霊の神も見えない。

みえないもの同士だから、出会えるのだ。

人間の思いと正直と熱意が、御霊の神と搗ちあうことこそ、人が変革される絶好機だと思う。

その先にこそ、「ラザロよ~、出で来たれ!」とイエスが大声で呼ばれたら、体を布でぐるぐる巻かれたラザロがピョコン、ピョコンと墓から出てきた場面があるのだ。

それともマルタの言葉に従って、「主よ、もう臭くなっておりましょう。すでに四日になりますから。」という信仰で人生を閉じるのだろうか?

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