■ 乳と蜜の流れる地 / 申命記11:8~18 (2011-01-16)

旧約聖書の前半に多く登場する言葉がある。 それは「乳と蜜の流れる地」である。 それほどに潤った肥えた地、という意味である。 イスラエル人は先祖に約束された「神がアブラハムに与えられた土地」を生まれて初めて見たとき、そう思ったのである。 確かにエジプトに滞在した400年間、しかも奴隷の身、そして渇いた土地で野菜を作るのは並大抵のものではなかった。 それに比べれば、カナンという土地はどこへ種を蒔いても発芽する様に思えた。

イスラエルという国は世界の風土の両極端を凝縮した様な土地柄である。 九州の半分程度の国土であるが、花や草、緑生い茂る環境はこの世の楽園かと見まがう場所であり、そこから数キロ離れた場所には水一滴存在しない砂漠の荒涼とした景色がある。 神は実に不思議な場所をアブラハムと子孫に与えられた。 それは狭い場所でありながら、創造主の祝福に満ちた景色と、神の祝福無くばこうなると思える様な景色を見て、彼らは神の言葉に従って生きることの重要性を身に沁みて感じたことであろう。

モーセはイスラエルびとに向かって語る。 『あなたが、はいって行って、所有しようとしている地は、あなたがたが出て来たエジプトの地のようではないからである。 あそこでは、野菜畑のように、自分で種を蒔き、自分の力で水をやらなければならなかった。 しかし、あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地は、山と谷の地であり、天の雨で潤っている。』

天の雨で潤っている・・・この日本の土地そのものではないだろうか。 四季折々、美しい自然の変化が見られるのは、常に水で潤っている山々と平野、豊かな自然がくれる賜物だからである。 しかし、恵まれた自然の豊かさは、果たしてここに済む国民の心までは育てられなかったのであろうか。 世界の民族と比べても、解放的な国民性とは呼びがたい。 そして曖昧性が美、思いやり、謙遜、であるかの様な国民性は実に個性的だ。 また実に真面目で奥ゆかしい。 更に他者を思いやる心を持つ反面、非常に冷たい面を身もつ。 また他人の目を必要以上に気にする民族でもある。 村社会は21世紀の社内、コミュニティにも依然として存在しているように思う。

32000人が自殺する日本。一日あたり87.6人。一時間あたり3.6人が自死している。 裕福な人々が少なく無い反面、厳しい人生をあきらめる多くの人々がいる。 これが「乳と蜜の流れる国」の現実でもある。 政治や自治体にだけ責任を問えるものではない。 何とか皆で生きることの大切さを訴え、小学校の教育段階から命の大切さをもっと教える必要があるのだろう。

仮に、この国に手だては無くとも、聖書の神は違う。 教会とクリスチャンたちは、大きな使命を与えられていると思う。 宗教が人々を救うのではない。 キリストと聖書が救うのである。 もっと自信をもって生きよう。 一つの魂の救いは人生を変える。 一人が変れば家庭が変り、そして社会の変化へと波及する。 だから先ず、私達一人ひとりがイエスと生きよう。

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