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■ 虚しいことを知ることさえ、また益である / 伝道者の書6:1~12 (2011-02-27)

February 27, 2011

「空の空、すべては空」この言葉は旧約聖書の「伝道者の書」、その冒頭に登場する。
 

この世は虚しい。
それが伝道者(コヘレト)が見て考え、そして悩んで出した、この世に対する感想であり、実感であった。
 

 真面目で正しい者が悩み苦しむ。
 悪者が栄え、世を謳歌する。
 一生、汗水垂らして働いた者の財産を、何の労苦もしなかった子孫が楽しみ放蕩する。
この世のどこに善因善果を証明する見本があるのか?
 「短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。
 人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない。」
 
(新共同訳  コヘレトの言葉 6勝12節)

 

 人は自分の未来を予想する。
だが、予想することしか出来ない。
その先は神のみぞ知る。
 結果的に何が良くて、何が悪くなるのか、人には分からない。
 己の良心に聞くことだけか?
それは答にならないのも現実だ。
まさに空の空・・・なのか。
 

この伝道者の書、コヘレトの言葉が聖書におかれた意味は何?
それこそが「この世は虚しい」、その為である。
この世には快楽も楽しみも、美しい景色も美味しい食事もある。
そして人はその為に一生働き、一生休まるときさえ享受できない。
 「やっと楽になった。さあ、これから人生を思い存分、謳歌するのだ。
と思ったその夜、彼の命は取り去られる。
 不思議でなく、日常茶飯事に起こっていることだ。
 何とこの世は虚しいのだ。
 誰か教えて欲しい。
そして答は天の下には無い。
そう、それがコヘレトの答であり、聖書の答、つまり、神の答ではないだろうか。
そのために、コヘレトの言葉が聖書に入った。

 

 人の霊はやはり、永遠を求めている、と思う。
 今が楽しければ先も全て良し、とは行かない。
どうしても、未来、死後、永遠に思いを馳せてしまうのが人間だ。
それは人が神の直接的被造物であるからだ。
 鳥や魚や動物ではなく、「霊の息を創造者から吹き入れられた」被造物であるからだ。

 

この世の物や価値だけで人は決して満足出来ない。
そして欲に限界はない。
 魂にも満足は無い。
 唯一、人間は霊性が満たされることによってのみ、満足を得る。
21世紀、この日本で物の豊かさ、あらゆる分野で限りない発展があったにせよ、果たして人は満足しているだろうか。
 否、益々不安になるのはどうしてだろう。
 人間が作り出したこの世の物で、人の心も霊も潤すことは出来ない。
 神からの救い、これだけが人の心を満たし、安らぎをもたらす。
だが、なぜ日本人の99%が、この救いを拒むのか?
その答を出せる人は太陽の下にいない。
 

だが私如きの者が救われた、この事実も一つのヒントであることは、間違いない。
 確かに神はおられる。
それを信じる。
これ以上の答が天の下には無い。
 

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