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■ イースト菌 / マタイ16:1~12 (2013-06-02)

June 2, 2013

礼拝とは・・・・
「それは私達がリ・セットされる場所であり、時間である」と考えた。
 社会に生きる私達は様々な場面と時間に生きている。
 一週間は慌しく過ぎて行く。
 情報と様々な機器に満ちている此の時代、実に便利であるが考えてみれば、その便利さ故に振り回されているのが私達ではないだろうか?
つまり、便利を求め、便利を追い、そして便利に追われる1週間である。
 

だからこそ、礼拝に参加できることは本当に祝福である。
 礼拝時間内は携帯も電話も関係ないし、パソコンも打ち合わせもない。
ひたすら賛美歌を歌い、聖書からのメッセイジを聞く。
 否、聞くのではなく、見て聞いて欲しいのだ。
これがどこの教会の牧師であれ、本音であろう。
 

そして一週間の中ですり減った「神への感謝と思い」を再生、リカバーしてもらう。
リ・セットとは再び整えるという意味である。
 精神と信仰と人間性を創造主に再生していただこう。
そして再び世に出て行く。
そう、クリスチャンこそは教会に帰って来るという思いで居て欲しい。
せめて私達だけは世に帰るのでなく、神に帰る、のだ。
 世の生活で沢山詰め込まれたイースト菌を、礼拝で洗っていただいて又旅に出るのだ。
もし週に一度のリセット・タイムを失うとしたら、再生どころか、最悪になってしまう。
 私の中のイースト菌はさぞや喜んでいるのだろう。
 

イースト菌、酵母菌、そう聖書が言うパン種のことである。
パン種はほんの僅かな量で、大きな小麦粉の塊を膨らます力を持っている。
 私達人間も根っからの悪い人間はいない、と昔に教えられたが、そうではない。
 悪い人間ではないかも知れないが、心と体は罪だらけだ。
 一掴みのパン種どころではない。とんでも無い危険性をはらんでいる。
ただ、それらが目に見えないだけである。
 

イエスの時代、二つの相反する宗教派閥があった。
パリサイ派、サドカイ派、宗教資質も形態も全く違うグループであったが、イエスを抹殺しようとする目的においてだけ一つになれた。
 一方は律法遵守、一方はモーセ五書のみ。一方は死者のよみがえりを信じ、一方は否定する。
イエスはこの二つのグループに対し、彼らの言い分と生き方を真理によってコテンパンに黙らせた。
 何事も熱心だけが高じると決して良い結果はもたらさない。
 問題は何に対して熱心か、である。
 

イエスは弟子達に対し、こう言われた。
パリサイ人とサドカイ人の「パン種」に気をつけなさい。
 彼らの言うことは聞いても、彼らの生き方を真似てはいけない。
 彼らは自分で負うことも出来ない荷を人々に負わせ、人々が神の国に入ることを押しとどめるばかりか自分達も入ろうとはしない。
 

 相当に耳が痛いことばである。
 果たして私もパリサイ人のイースト菌が少なからず、有るのであろう。
 

 

 

 

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