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■ 主は語り人は聞く / マタイ2:9~23 (2013-12-29)

December 28, 2013

年末ともなると、いつものウォーキングも夕方5時は相当に暗い。
 歩きながらでも、すれ違う人の顔も近くまで来なければ見分けがつかない時がある。
 

 向こうからやってくる人の顔をちらほら見ると、その人も私の方をじろじろ見ている。
 私達は、お互いにそうやって見やりながらすれ違ったのであるから、その距離は非常に近かった。
それでも見分けられない。
どうも気になっていたのだが、瞬時なので頭が働かなかったのか。
 私はすれ違ってから8歩ばかり行ったところで思わず振り返った。
すると彼も同時に振り返っていた。
そして、お互いに「やあっ」と声をあげていた。
そう、いつも立ち話をしていた筈の近所のF牧師であった。
お互いにニット帽をかぶっていたので、人相が違ったのか。
それでもお互いの動作と反応が全く同時であったので、そのこと自体が後で考えて可笑しくて仕方ない。
この事を考えていたら、エマオの村へ向かう二人の弟子達が、途中で加わった人がイエスであることを知らなかった話を思い出した。
 人間とは実におかしくて?可笑しい存在である。
 「信じられない」ことも、これらは楽しい部類である。
 

この世を支配しているのは果たして誰か?
あきらかに全知全能の神ではない。
 主は、この世を造られたが、支配者はその方ではない。
この世の支配者は人間である。
それも罪と欲の塊の・・・人間である。
 

 神さまはその様な世界に、ご自身のひとり息子を赤子として生まれさせた。
 無力、無抵抗の小さな赤ん坊。
 彼を守るのは若い父親のヨセフ、そして可憐な母、マリヤの二人だけだった。
 

メシヤ誕生の情報を得たヘロデ王は早速「幼いメシヤ殺害」のために腰を上げたが、情報はベツレヘムの村ということしか、分からない。
 分からないから、ベツレヘムの二歳以下の男の子を皆殺しにした。
 実に凄惨な出来事だった。
この記事を敢えて記したのがマタイである。
メシヤに対し、人間がそこまでも残酷な仕打ちをしたことを、マタイはユダヤ人に突きつけた。
 

 誕生後のイエスを守ったのは天の父であったが、ヒーローはもう一人いた。
ヨセフは幻と夢の中で御使いの声を聞き、マリヤを受け入れ、赤子のイエスを迎え、そしてエジプトへ逃げた。
ヘロデが死んだと夢の中で聞き、ヨセフは帰郷するが次の王がアケラオと聞き、ガリラヤのナザレ村に移り住む。
 聖書を読むと、ヨセフが聞いた御使いのことばは彼の実際の耳ではなく、すべて霊性の耳だった。
しかも彼は聞いた後、時を逃さず直ちに行動を起こしている。
 

ヨセフは決して鷹揚だけの性質でもなく、ノンビリ屋でもない。
 私達が一番動き難い「夢」と「幻」で得た示しを敏速に行動へ移している。
 主はそんなヨセフを選ばれた。
 生まれたばかりの赤子と産後間もないマリヤ伴うエジプトへの旅、そしてガリラヤへの旅はさぞかし不安と疲労の蓄積するものだったろう。
ヨセフにとって先行きの見えない目的のための行動を考えると、ヨセフを動かしたことを含め、神のなさることは凄いことだった。
 

そして信仰によって生きるということが、実際は「目に見えない橋を信じて渡る」ことであるのを改めて教えられた。
 実に「信じられない」ことだらけの聖書である。
 

 

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