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■主はわがすべて/Ⅰサムエル記14:24~35

サウルが王となり、イスラエルが永遠の宿敵に向かおうとしていた時。

それはイスラエルという国が生まれたかばかりの時、先住民族とも言えるカナン人、ペリシテ人及び少数民族が連合軍を組んでヘブル人達の集落に攻め込もうとしていたのであった。

カナンの人々から見れば、いきなり侵入して来たヘブル人達は迷惑以外のなにものでもなかった。

一方で、ヘブル人からすれば、「我らの神が与え給うた約束の地」なのである。

以来、今日まで3500年という時を経て現代に至るまで、ずっと引きずってきた争いが今なお続いている。

 

これから激しい戦いに臨もうとしていた時のこと、サウルは祭壇を作った。

石を集め組み上げた上には「いけにえ」を乗せた。

聖書は敢えて言う、「これは彼が築いた最初の祭壇であった。」と。

この言葉から何が伺えるだろう。

それがサウルの神観だろうか。

つまり、それ程に無信仰、つまり無神論者的な生き方だった、とでも読めるのだが。

 

いくら神の選民であるとしても、人間は人間でしかない。

一般の人間が好む偶像神と違い、独特の信条を持ち、律法を語り、しきたりと礼拝を求める神はサウルにとって鬱陶しい神にしか思えなかったのであろう。

聖書がサウルの神信仰に関して黙すれば黙する程に、サウルの無信仰が浮き上がってくる。

なぜなら信仰とは決して黙するものではないからだ。

しかし、「そのような王」をイスラエルの民が求めたのは事実だった。

彼等の心は、先祖たちが敬い、礼拝していたヤハウェから、既に遠く離れていた。

 

現代の私達とて彼らと同じ人間であることに変わりない。

信仰だって燃える日、燃えない日がある。

それが人間である。

だが神の愛は決して変わらない。

変わらないのでなく、変わることがお出来にならないのである。

「何故なら彼はご自分を否むことが出来ないからである。」(Ⅱテモテ2:13)

 

仮に人間が燃えても燃えなくても、神にとって人間を諦める理由にはならない。

それは人間というものをよく御存知だからである。

それくらいで覚めたり喜んだりなさらない。

だから、神に喜んでもらおう、などということは傲慢の極みではないだろうか。

ちっぽけで移ろい易い人間の心の高低に付き合う程に、主は暇ではないからと思う。

「イエスはご自身を人間達にお任せにならなかった。なぜならイエスはすべての人を知っておられた。主は人の内にあるものを知っておられたからである。」(ヨハネ伝2章)

 

祭壇を作ったサウルが叫んだ。

「さあ、今からペリシテ人をやっつけて、一人として生かしておくまいぞ。」

兵も言った、「王よ、何でもあなたのお気に召すことを為さってください。」

しかし祭司のアヒヤが言った、「では、ここで我々は神の前に出ましょう。」

 

祭壇を作ってオーライ(ALL RIGHT・全て良し)ではない。

聖書を買ってオーライではない。

洗礼を受けてオーライではない。

礼拝に言ってオーライではない。

一番大切なことをすっ飛ばして何がオーライなのだろう。

「祭司アヒヤ」の一言、「ここで我々は神の前に出ましょう。」

そう、神の前に己が出る、これが一番大切なことだと思う。

 

クリスチャンの祭壇、果たしてどこだろう?

教会の美しい聖壇だろうか?

そうとは思わない。

花が質素に飾ってあり、つつましやかに整えられた説教台だろうか?

そうとも思わない。

クリスチャンの祭壇は、私と主が1対1で向かい合っているところ、

私が余すところなく主の前に心を注ぎ出すとき、

悔いと感謝、主をたたえ、主からの赦しと導きと招きがなされるなら、其処が私の祭壇である。

新約聖書の神は、もはや生贄など求めない。

神の子羊イエスが永遠なる供え物となって下さったから、それよりも優れる生贄など存在しない。

 

サウルは主の前に伺った。

「我々はペリシテ人を追って行くべきでしょうか?あなたは彼等を我々の手に渡して下さるでしょうか?」

 

あなたの目で読んで欲しい、聖書は言う。

「しかし、その日は何の答えもなかった・・・」

 

何の答えもいただかずに、礼拝から帰る心の空しさ・・・

だから、「礼拝」に行くのではなく、「霊拝」に行こうではないか。

これこそ、イエスが意図された霊と真理を尽くす、人と神が出会う「れいはい」だと思う。

 

「しかし、真の礼拝者たちが霊と真理によって父を礼拝する時がくる。今がその時である。

父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」ヨハネ福音書4章23

 

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