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■その方こそ真理の御霊です/ヨハネ14:16~21
『エデンの園、創造主は地の塵から人をかたちづくられ、その鼻に「いのちの息」を吹き込まれた。そして人は生きたものとなった。』創世記1章7節 まるで神話そのものに思えるが、聖書は物語を超えて真理を人間に伝えている。 つまり、人間そのものが何故、宗教を求めるのか?...
新約聖書/ヨハネ福音書
2018年8月12日
■キリストのゆえに/使徒16:16~34
『明日は明日が心配する。』 聖書の言葉は時にかなった絶妙なタイミングで語られる。 非常に短い言葉で人に深淵を探らせる。 人間は明日を、来月を、来年を心配せずに生きられない生き物である。 だが、実際は今から一分先さえ知らないのが人なのだから、或る意味滑稽である。...
chofuminami
2018年8月5日
■私のイエス観/ヨハネ17:1~10
遠い昔、伝道者は言った。 「私は事業を拡張し、邸宅を建て、葡萄畑を設け・・」(伝道者の書2章) これって、本当に遠い昔のことか?と錯覚してしまった言葉である。 「私は目の欲するものは何でも拒まず、心のおもむくままに、あらゆる楽しみをし・・」...
新約聖書/ヨハネ福音書
2018年7月29日
■マンツーマン/ルカ9:23~26
1986年、クリスチャンになって8年、教会のこと、聖書のこと、人間と神、「大体わかったなぁ」と傲慢に構え始めていた頃だった。 「こんなもんかな、教会とは」それでも、毎週礼拝にはきちんと通っていたし、教会学校の奉仕もしていたが、燃えるものは今一つ無かった。...
新約聖書/ルカの福音書
2018年7月22日
■私のイサク/創世記22:1~13
「試練」という言葉はどの様にして生まれたのだろう。 私個人は聖書信仰から生まれた言葉であると思う。 理由は国語辞典の説明であるところの、「試練とは信仰、決心などを厳しく試すこと。」とあるからだ。 聖書において、登場人物の殆どが試練を与えられた。...
旧約聖書/創世記
2018年7月15日