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■ 聖絶 / ヨシュア記7:1~13 (2013-11-24)
ヨルダン川を渡り、約束の地に足を踏み入れたイスラエルは主の約束と導きの下、文字通り連戦連勝の日々であった。 それは彼らが主を信じ、戦いと結果を主に委ねたからである。 「恐れてはならない、雄雄しくあれ」との、主からのみ声を聞いたヨシュア達は神への従順により戦ったのである。...
ヨシュア記7:1~13
2013年11月24日
■ あなたの神は小さ過ぎませんか / ヨシュア記6:1~20 (2013-11-17)
人間の脳という場所は実不思議で凄い力と機能を持っている。 しかし通常、人間はその脳の能力100%に比して僅か十数%しか働かせていないと以前何かの資料で読んだことがある。 勿体無いと思いつつも、私など3%程度であろうかと思う。 実に浅い限界である。...
ヨシュア記6:1~20
2013年11月17日
■ 死ぬまで発展途上がいい / 第一コリント8:1~13 (2013-11-10)
聖書の言葉から、ふと思ったこと。 現代、肉料理に関してはありとあらゆるほど色々あるが、やはり焼肉はあきない 食いたくなったら、その夜は完全に焼肉店に行っていると、思っても最近は左程行ってない。 行けないではなく、行かないのだが、原因は年齢から来る消化不良だと思う。 ...
第一コリント8:1~13
2013年11月10日
■ この世で最も聖なる食卓 / 第一コリント11:17~34 (2013-11-03)
この世で最も聖なる食卓は「イエスと弟子達の最後の晩餐」であった。 「聖なる」という表現は、そこにイエスが陪席されたからであって、弟子達云々ではない。 現代でもイエス以外、聖なる存在などいない。 晩餐のテーブルは聖なる方と罪人が対峙している場所である。...
第一コリント11:17~34
2013年11月3日
■ あなたが知るために / 申命記29:1~6 (2013-10-27)
旧約聖書の申命記の通読はこれまでで3度目、いや4度目かも知れないし、それ以外でも目にして来たが、これほど心に迫る恵みは初めてである。 キリスト者は聖書を通して読むことは大切だが、通読という目的以外に大切なことがある。 それは静聴である。 ...
申命記29:1~6
2013年10月27日