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chofuminami
- 2005年8月14日
■ 主の日が来る / マタイの福音書16:13~23 (2005-08-14)
聖書全体が絶えず未来に向かって宣言して来たことは、「主の日がくる」というメッセージである。 「主の日」は二通りの世界の到来を意味する。一つは神の支配が始まることであるが、これはクリスチャンにとってこの上なく、嬉しい日である。もう一つは目を疑うような未曾有の恐怖がやってくる...
chofuminami
- 2005年7月10日
■ 一生懸命の次 / マタイ15:21~28 (2005-07-10)
一生懸命は尊い。この言葉は多くの人から好感を持たれるし、憧れもある。しかし、こと信仰においては苦しい部分がある。確かに一生懸命は必要だが、これだけだと危険が伴うし、ややもすると道を踏み外すきっかけにもなる。出来れば、一生懸命から力がスッと抜けた位いが良いかも知れない。なにし...
マタイ20:1~15
- 2005年2月6日
■ 夕方からで1デナリ? / マタイ20:1~15 (2005-02-06)
天国の主人(神)はどんな方なのでしょう?イエスは例えをもって話しておられます。 朝日が昇ったころ、広場に主人が行くと、そこに労務者がたむろしていました。 主人は一日1デナリ(当時の1日分の労賃)の約束で、ぶどう園に送り込みました。更に9時、12時、5時にも同じように労務者...
マタイ24:1~14
- 2005年1月2日
■ 御国は更に近づいた / マタイ24:1~14 (2005-01-02)
主にあって生かされているクリスチャンたち! 2005年が明けました。そして、私たちは去年より、更に大きく一歩を天の御国へと歩ませていただいたのです。実に、おめでたい!のです。ハレルヤ、主をたたえます! イエスと弟子達はエルサレム神殿を見上げていました。そのきらびやかさと荘...
新約聖書 /マタイ福音書
- 2004年8月29日
■ 「天的信仰」 / マタイ16:1~19
地上的信仰? 2004年のオリンピックはたくさんの感動をもたらしてくれました。メダル数だけではなく、人間、家族、友人、スタッフという関係の素晴らしさを、教えてくれたのです。日頃のストレスも随分癒された思いがします。そして、終わってみれば幻のような時間であったような思いさえ...