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■ 1%を見られる神 / 士師記7:1~7 (2012-02-26)
物事の摂理を考えてみた。 例えば、物が多いと裕福に思えるし便利である。 一方、物が多すぎて片付けられない現在人も少なく無い。 既に片付け方が分からない人は非常に多い。 昭和20年から30年半ば、本当に物がなかった。 今との環境を見比べると、無いものだらけだった。 ...
士師記7:1~7
2012年2月26日
■ 主の霊があなたを覆う / 士師記6:30~40 (2012-02-19)
確かに!私達が神さまに対してガッカリしたことが無いのでは無い。 自分の期待通りに行かないことだって山ほどある。 と言いつつ私達がどれ程神さまの期待を裏切って来たかというと、これが半端じゃないのだ。 なのに、神さまに向かって文句の幾つかも祈りたいときがあるとは、トホホの...
士師記6:30~40
2012年2月19日
■ 限界の先にあるもの / 士師記6:14~32 (2012-02-12)
人間は各も不安、心配から逃れられない生き物である。 それが偶像というものを造りだしたと考える人は少なく無い筈である。 だが、なぜ人の心に不安心理が存在するかを知っている人は少ない。 心理学に頼る積りなど、毛頭ない。 聖書だけが、それを教えてくれている。 ...
士師記6:14~32
2012年2月12日
■ 勇士よ / 士師記6:1~16 (2012-02-05)
最近読んだ新聞から・・・ 「隠岐の島」をレポートした記事は、かの地で特に伝統的なもので牛と牛を戦わせる「牛つき」に関する話に感動した。 それは負けた牛が涙を流すということだった。 まさか・・・と誰もが疑うであろう。 しかし、それは事実だった。 ...
士師記6:1~16
2012年2月5日
■ 2012・主はわがいのち / 申命記30:9~20 (2012-01-01)
今年は一月一日が日曜、つまり主の日と重なったので、元旦礼拝であった。 幾年かに一度だけ、こういうときが訪れるが、やはり意味あるものである。 一年で最初の礼拝に向かうとき、毎年心に迫り来る聖書箇所がある。 それは申命記、モーセがはるかに約束の地を見ながら、当人の思いとは...
申命記30:9~20
2012年1月1日




