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■ 信じられないときこそ神を信ぜよ / ヨブ記1:1~22 (2010-02-28)
神に愛されているキリスト者はサタンにとって格好の敵ともなる。 私達は決して望みはしないが、サタンが攻撃を仕掛けて来る位の信仰を主に対してもつべきであろう。 サタンが安心しきって居眠り出来る様なキリスト者では主の御名に申し訳ない。 ...
ヨブ記1:1~22
2010年2月28日
■ 人は結局、何にも分かっちゃいない / ヨブ記23:1~17 (2010-02-21)
ヨブは友人に向かって自分の生き方に、過ちの無かったことを叫ぶ。 そして彼は神に向かって叫ぶ。 「神よ、私はあなたに訴えたいことが山ほどあります。 尋常でないこの苦しみは一体何のためですか? 出来ることなら、あなたを拝し、そして私の言い分を聞いて欲しのです。 ...
ヨブ記23:1~17
2010年2月21日
■ 人の心、そう簡単に開けない / ヨブ記32:1~9、33:12~18 (2010-02-14)
キリスト教会、そして信徒一人一人、実に様々である。 先ず、教団が様々ある。実に微妙な部分での違いであるが、そこが譲れないところなのである。何も、そこまで拘らなくてもよいのに・・と思われるけれども、半歩も譲れないからこそ、これほどの教団教派が存在するわけだ。 ...
ヨブ記32:1~9、33:12~18
2010年2月14日
■ 絶不調の時もある / ヨブ記13:15~28 (2010-02-07)
絶好調と言う言葉はあるが、絶不調という言葉はない。 しかし、絶不調を感じる精神状態は時として感じる。 絶好調は長く続かないが、絶不調は長引く様に思えてならないのは、果たして人間の感情ゆえであろうか? 現代生活は特に絶不調が多いように思えて仕方が無い。 ...
ヨブ記13:15~28
2010年2月7日
■ 人とはいったい何様でしょう / ヨブ記9:15~21 (2010-01-31)
欧米のクリスチャン両親が、その子供達に命名する際、聖書からやはり意味ある名前を考えた。当然である。この子には幸せになって欲しい。勇気ある信仰者に育って欲しいと思うからだ。 だから、正しい人であり、そして有名であるが、兄に殺されたアベルの名など先ず聞かない。 ...
ヨブ記9:15~21
2010年1月31日




